22:35から。
豚こま肉を激(げき)太アスパラに巻くのは無理ゲー過ぎる。豚バラだったら綺麗(きれい)に巻けるに違いないが、豚こまは巻ける長さと巻けない長さがある。とか内部で文句を垂(た)れながら、片栗粉でコーティングしてなんだかんだなんとかなった。
あとは貯まっている食材の消費。菜の花の辛し和えをしようと思ったがほうれん草の方が悪くなっていたからしようとした味付けで食材だけ変えた。優しいタンパク質成分で厚揚げを買ってきて、悪くなりつつある白菜と放っておいたら誰も使わない雪国まいたけを使ってオイスターソースをベースに炒め煮をした。
僕も断続的に厨房(ちゅうぼう)に入らないとバランス取れないなという感じ。
別に悪い意味では無く、お互い使う食材が違うから日替わりにした方が噛み合うのだろうなというお話。
本日の夜ご飯担当の声でした。
そういえば、本日のお客様で、転職(てんしょく)して実家から独立して独り暮らしする若い男性とご両親が来ていて、合間の雑談(ざつだん)で料理の話になった。
僕はできるようになっているけども、できない人に対して何の優越感(ゆうえつかん)も不公平感もない。不公平を感じるとすれば当人と一緒に過ごす人がそうであれば考えれば良いだけのこと。
ほんとうに1人暮らしでしようとするのであれば、「まずはご飯を炊くことですね」とかアドバイザーめいたことを言う。男性が自炊をするって逆に難しい。家庭内で家事を手伝えって言われることはあっても、料理の項目ではないし、もともとできる素養(そよう)がない。
だからまずはお米を炊いて、料理とはなんぞやという時間感覚を知ること。
女性はもともとの家庭から独立する前に手伝いで触れることが多いのだろうなと想像する。
無い人も居るだろうけども、あくまで傾向としての想像。
昔の感覚だと料理できない女性はみたいな感じだったが、変な話、我が家庭の母親も完全な自家製で全てを賄(まかな)っていた訳でもないし、別に家事もできることを分担すれば良いのではというのがいま。ただ、料理ができない女性ってパートナー選びに相当不自由しそうなだなという気分。ここのハードルって料理が上手いではなく、日常的に提供してくれる人みたいな話で、専業主婦以外では結構無茶振りだと思われる。
専業主婦というお仕事もそうとうしんどいのだろうなと想像するが、僕が専業主夫になったら、結構時間が余って楽しそう。
家庭というモノが無くなった一人暮らしになって、たまたま料理で試行錯誤(しこうさくご)をする方向性があったもんで、なんとなくモノになった。もちろん料理道に果ては無いから、誰かに自分の料理を食べて貰っても問題ないかなという水準でしかない。
知らない料理はレシピをみるしかないのだが、調味料の分量って、グーグルの運転ナビと似ている。前に独り暮らししていた部屋にも満月さんと一緒に過ごしているこの部屋でも分量を量るスプーンはない。お互いてきとーな塩梅(あんばい)でしか作っていないというてきとーな道筋。
料理のレシピ結果に至る道筋みたいなものでしかなく、最終的に美味しければなんでも良い。現実的な道路のナビは目的地に着く為に道筋をガイドしてくれると言う意味では最初のガイドなのだろうなと。僕は運転を継続する経歴が短すぎるもんで、道路の塩梅がよく分かっておらず、ガイドに頼ることが多い。そろそろ半年を越えてきたから、ガイドに頼らず試行錯誤した方が道をきちんと実感として覚えるかなとなってきた頃。
着地点をなんとなく把握(はあく)できるようになることが何かの項目を続けていくことの醍醐味(だいごみ)。
いつまで経っても過程しか気にできないのは、ちょっとやり方がおかしいのかもしれない。
そもそも終着点がないのか。いや僕も無いけれど、無い人ほど色々あるような。
ここで文学理論のソシュールさん。
原文は読めないから伝聞(でんぶん)でしかないのだが、この人の言葉の扱いは分かる。
曰く、言葉は記号として何かを写している訳ではなく、言葉が世界を表現しているみたいな話。語彙が大事。
というか、もっと拡げると、当人の言語表現自体が当人の世界を規定しているという説。
詳しく書いても余計に意味分からないと思うため、このフレーズにピンとこなければそれまで。別にピンと来ない人が低いという話ではなく、誰でも先生なのだが、現実的に関係できるかというと別の話。
何か書きたかったことがあった気がするが、今出てこなかったから別の筋で。
厳密(げんみつ)に言うと、書きたいことなんて無いし、現実の誰かに話したいことはない。ただ書ける、話せることはいっぱいあるねということ。
満月さんは森絵都さんがスキとのこと。
僕も「カラフル」は読んだし、風に舞うなんたらも読んで面白かった。
で、もっともスキだという「ダイブ」を読んでいる。
僕は言うほど今のところ面白みを感じないのだが、なんとなく、詩人寄りの作家さんなのだろうなとは読めた。内部の世界に言葉で相手を持ってくる感じ。
詩と小説の違いは、移入できない、できるということ。
移入できないのに面白いのがきっと詩。
なにかてきとーなことばかり書いているが、寝るのでここまで。
おやすみなさい。