分かりみ

22:05から。

何か書き進めていくうちにスイッチが入ってくるからてきとーに綴(つづ)っていく。

仕事がまぁ大変。

繁忙期(はんぼうき)の洗礼(せんれい)が本格化(ほんかくか)していく中で、何とか流れに乗っている。先輩女子にもうナンバー2の座を明け渡したいと泣き言めいたことを言われた本日。店長にはもう貴方は新人ではなくベテラン、なんなら中堅だからと言われた昨日。

こういう比較(ひかく)としての表現は何も響かない。誰かより良きというものさしで自分を測ると、結局のところもっと良き人はいくらでも居るから、位置を観測(かんそく)することにしかならない。

ただ、自分の位置を観測できるというのが人間の優れた特性(とくせい)かもしれないという説が浮かぶ。仕事とは関係ないので、筆が間に合ったら後で書く。

こちらの店長の発言の方が面白い。

「硯さんのお客様との具体的なやり取りは見ていないけれど、最後の別れ際の雰囲気(ふんいき)を見ているとお客様と随分(ずいぶん)仲良くなっているね、それって自分で分かる?」との言。もちろん「わかります」と返した。

これは営業2年くらいにやってくる境地(きょうち)らしい。「ここに至るの早くないか?」と。

別に僕が優れているというお話ではない。

この関係性を抽象化(ちゅうしょうか)すると、お客様と店員さんということは前提とした上で、「人と人」の関係になるということ。色々あるけれど、店員さんの事情も自発的に想像するようになるというのがある。友人同士みたいに、ちょっと気を遣ってくれるというお話。賢く調べる人なら知識はいっぱい持っているだろうけども、この人だったらまぁええかとなるし、店員さんだけどその垣根(かきね)を越えたことを言っても良いかなとなるとか。

これが「人たらし」の機能(きのう)。そこまでがつがつ踏み込んだり距離を詰めたりはせずともそうなる。懐(ふところ)に入るとヤマアラシのジレンマになるし、なかなか塩梅(あんばい)が難しい。

もともとやっていたことが仕事上でもできるようになって成果に繋がっているというだけ。

そもそも切り分けられた役柄(やくがら)という社会劇場がどうもしっくり来ないから、仕事でお金を支払っているからお客様が神様なのは自分がお客様の位置だとしてもオカシイと思う。保険とか社会保障とかで支払っている費用も知らないから理不尽(りふじん)だとなっているに過ぎないから、社会保険労務士の資格を取るつもりはないけれど、ここの闇にも光を当てていかないと。

大人の醍醐味(だいごみ)って、この切り分けがなくなっていくとしているのだが、他の人ってどうなのだろうな。自分の収まり所が定まって安心して、そこ以外の他人は登場人物ですらないのかも。単なるニュースみたいな。

僕は他人のことを潜在的先生と捉えているもんで、その気質が相手にも伝わるのかもなと。対等な関係だとどっちが先生になっても良いし、ここに外から来た年下年上というものさしは無用になる。都合の話ではなく知見(ちけん)の話。誰だって先生だし生徒。

やれやれ。

そろそろお時間か。

そういえば、位置関係の話。

AIの顔認証で、真顔で登録していると顔が崩れた笑顔だと通らなかった満月さんの自傷を観測したときに思いついた説。

AIは二次元でしか情報を収集していないから、ここでどれだけ情報を集めても現実には足りない。

人間の脳は曖昧(あいまい)認識だから、人の顔が笑顔で崩れてもその人だと切り分けられる。という訳ではなく、自分の位置と相手の位置が把握できるというAIには収集できない情報があるから認識できるのでは。

3次元情報だと2次元情報でどれだけ蓄えたところで勝てない。

芽だけ書いて今日はお仕舞(しまい)。

明日が早いもんで、それくらいの社会性はあるという。

僕の埃(ほこり)が滅茶苦茶(めちゃくちゃ)払われてしまった話もあるけど、今日はこここまで。

おやすみなさい。

良い夢を。

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