分岐はどこでも

22:23から。

邪気をまとうと認識も行動もおかしくなる。

1人だと行動が効率化するという説。これは協調性が無いからとも言えるし、協調性が有り過ぎて周りにペースを合わせてしまうという解釈もできる。

ここのところ晩御飯担当が僕のことが多い。まぁ早く帰れる方が作れば良いからなんもない。

欠かさず放置系鶏ハムのサラダを作っている。放置系とはいえ下ごしらえには数分かかる。たぶんキモは、きちんとフォークでいっぱい穴をあけて中まで低温で火が通るようにすること。茹でるのではなくて袋に入れて湯煎するという感じだから、そのお湯がきちんと深いところまで行くように。

その後に湯煎の内部に残ったゆで汁を使ってドレッシングを作るから、トータル10分くらいはかかる。

あと本日は、台湾風焼きそばも作った。

昨日即席で作った煮卵がしゅんでいるから、満月さんが帰ってきたら乗っけようかなと。

あと、洗濯、あと、洗い物、あと、お風呂読書、そして日記。

このスピード感覚、おそらく仕事時より早いような気がする。

仕事との時間がズレているのは仕事が早いのではなく、遅いのではという仮説。

そのタイミングでしかできないことが多いから、先にやっておけないという「じれ」がある。まぁこの「じれ」と先にできることをもっときっちり整理できるようになれば、もう少し慣れそう。

邪気の話。

風邪を引く前に気付く。

本日胃の存在感は無くなったのだが、1日の前半無茶苦茶元気が無かった。

朝一、ふくらはぎをつるし、今何時だって満月さんに聞かれた時に手に意識が行ってなくて飲んでいたコーヒーを零すし。満月さんはあちゃーという感じを出さずに淡々と一緒に拭いてくれたから、調子が悪いのを察しているのかもしれない。過敏な人なもんで。

出勤中にもなんだか邪気が溜っている感じがある。

なんだか景色とか展望が悲観的に見える。

案の定、お客様との接し方も元気が無くてなんというか、流すべき立場なのに流れてしまった。ほんと元気がない。

案内したときに忘れてくるし。

昼休憩の時に満月さんがこさえてくれたおにぎりとスープに加え、道中にコンビニに寄って買った飲むヨーグルトも追加しつつ、グーグル先生に「邪気払い」のことを聞いていた。

運転していても眠くてしょうがなくて、世界に退屈している感じ。

別に邪気のせいで上手くいかないという世界観ではなく、邪気が溜ると自分が見ている景色とか行動が制限されているよなという感覚であって、変なブレスレットとか水晶に頼りたい訳でもない。

まぁ、特に肌も荒れていないし、イライラしている訳でもないからまだ危うくはない、単に体感に敏感になっているだけかも。

案の定、夕方くらいには何故か生き生きし出した。

明日仕事でも良いという感じ、実際は休みなのだが、それくらいの英気が勝手に養われている。

もう少し分析すると、邪気の原因はいくつかありそう。

ただ、結果的に邪気を滞留させていないから、結果的にはどうでも良くて、言語化する意味が無い。

どうでも良い話。

人に大切にされる人は自分の失敗を隠さないし、人に気に入られたいと思っていないし、

やんわり孤独らしい。だいたい地でやっている。

自分の価値は絶対なもんで、他から評価されることに影響されない。

のが地なのだが、場だとそこで既定された硯で居ようとする傾向がある。

地続きなはずなのに、何やら場によって世界の解像度が変わって来るような。

満月さんは言語を求める人だから、なるべく言語で説明するようにしようと思うのだが、そうすると、行動が因果になって制限される気がしないでもない。社会的理由ではなく起こりの言語化だったら、もはや詩の領域。

邪気の話は自分が外から来ている既定路線に乗っている時に起こるというのが有力説。

お仕事場で先輩女子に合わせている傾向があるんだよな。

先輩女子が居てもちゃんと自分で居られるかというお試し試練なのかもしれない。

できるのにしない自分に対して邪気が溜る。

別に先輩女子のパーソナリティ知らないし、仕事の知識における有能さも知っているのだが、何か嫌な空気を醸す人。

こういう空気感を越えるのが次のステップかなと。

知らぬ間に越えているのに精神が追い付いていない。

仕事中頭も痛くなる。

頭痛くらいで調子が悪いとも思わないのだが、あんまり自由に過ごして居ないよなという感じ。

頭痛が一番やばいから気にしているが、あんまり詰まらないようにしないと大変だなというだけ。精神が滞ると脳の血管も滞って大変。

僕の文章、なるべく邪気を循環させないようにしているつもり。

邪気は回さずに自分で浄化する領域。

もっと良い世界を循環していきたい所存。

はい、おやすみなさい。

良い夢を。

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