つじつま

22:51から。

だいぶ遅くなったのは、諸々あったから。

いつも最後まで書けないのは、最後まで書くつもりがないから。

本日は10分ほど早く出勤。10分変わると時間が変わる。

まぁどのタイミングであろうとだいぶ違うのだが、人の脳は違いを認識できるほど勤勉ではないから、安定を求める。

お仕事。

人しかできない仕事をやっているなぁと思う。人として認識される為には、相手を人として認識するしかない。ここで言う人の定義も重層的。

変な話、僕が想う人の定義は、同じ轍を何回も踏まないことなのかもしれない。

これを経年で解釈するのが普通だが、経年とはあんまり関係ないような気がする。

これを社会性と観測するのかどうかはともかく、失敗しないように試行錯誤しなくなった人はあんまり人ではないのかもしれない。もちろん人権上とかレインボー上人であるというのは確かだが、不具合があるのにそのまま放っておくのはちとおかしい気がする。

最終的にその不具合は本当に動かせないというところまで自己洞察できていれば、他人に期待しなくなるから他責にできなくなって、むしろ自分が動くしかないような。

仕事で成果が上がって居ないぞと言われるのだが、全然悲観的にはならない。

そもそも自分の世界が成果主義ではないということもあるし、運否天賦じゃないことは学習しているから落ち込む必要が無いというか。

絶対数を上げるというのは大事だが、その絶対数は店長と先輩女子がだいたい吸収している。店長は奪い合いだって言うけれど、僕はあんまり他人の領分を奪うようなリバイアサン(byホッブスさん)の世界に生きていないから、ここで試行錯誤するのは難しい。

競争したら成果が増えるという世界観はちょっと遅れているような気がする。

競争でせっつかれなくても楽しければやるし、成果は楽しさの結果の指標でしかない。

競争でせっつかれないとやらない人は、そんなに楽しんでいない。

僕の定義上、楽しさは行動とセットなもんで、場の話ではない。

ということを書いているとお母様に哲学的だと評されるのだが、個人的には頭の中で色々こねくり回している訳ではなく、割と現実になぞらえているつもり。僕を試行錯誤していることをスケッチしているだけ。

頭の中だけで出てくるのは解釈領域であって、そんなに現実化しない。

こうしようか、そうするべきみたいなことは言葉にしたところで現実にならないし。

あくまで自己の世界は自分が主人であるべきだけど、関係上主人になってしまうのは悪手。

嫌われるか離れられるかになる。

仕事が終わってから母親と通話した。

我が母として尊敬とか感謝しているところは当然あるのだが。なかなか解きほぐさないといけない人格。自己が主人公過ぎるのは良いけれど、自分がやったことに対して感謝して欲しいというのは求めすぎ。

僕もこの流れで感謝とか謝罪とかをあまり言わない傾向にあった。

この家族の世界においてそういう言葉があんまり無かったということ。

今はこの世界観から離れてきたもんで、割とこういう言葉を使うようになっている。

ただ、ごめんなさいはあんまり言わないかも。自分が悪いと思っていないというより、悪さってあくまで相手の世界観の辻褄だよなと。

僕の世界観では謝ってもらったところで知ったことではないから、罪悪感は勝手にやっておるのだろうなと。満月さんはよく僕に謝るのだが、謝るくらいなら僕との生活を楽しんだ方が良いと思っている。謝りたいのであればそこは当人の世界でやれば良いけれど、そんなところでポイントが上下することはない。

懺悔って自分が主人公だから起こる感覚ではなかろうか。

主人公過ぎると懺悔の感覚が無くなってくる。

満月さんの晩御飯は外食以外毎日提供しているけども、この原動力が罪悪感であるはずもなく、単に美味しいご飯を提供しようかというエネルギー。

生活費のバランスは満月さんの方が重そうだが、だからやっている訳でもない。

満月さんはお金があると外食の方が良くなってくるっぽいから、僕の作るご飯が外食より味気ないからいけないのかもしれない。もっと穿つと、僕のご飯を作る時間を省エネした方が良いという解釈なのかもしれないけども、僕は別にご飯を作ることがしんどいという認識ではないから、ちょっとずれいるのかも。

外食に行って注文したら10分くらいかかる。

その10分があれば、最速だと2品くらいは創れますけれどもという時間軸。

満月さんが出勤前に試行錯誤してくれるおにぎりは、料理としてエネルギーを使っていないという社会観はありそうだが、個人的には随分と自由になっていてとても良い。

ほんとはもっと寝たいのかもしれないけども、睡眠時間を削ることを求めてはいない。

単に、満月さんが作ったおにぎりはやたらとうめぇからコンビニおにぎりとは代替できないと感謝を表しているだけ。

あんまり言葉化していない気はする。

齢がもう定年の半分以上になっているのに、日々世界はお勉強。

自分の不機嫌のメカニズムも分かってきた。

満月さんに投げないようにするためには、ちゃんと時間を分けないといけない。

時間は創れるから、ちゃんと満月さん時間を確保すれば良い。

やれやれ。

翻って、満月さんが僕との時間をきちんと創ってくれいるのか微妙なところ。

自分の時間の中で僕に余剰を回しているという感覚なのだろうけども、個人的には物足りない。

貴方、もっと追求するところあるよねと。

おにぎりより読み物を提供してくれた方がご飯になりますけれど。

もっと書きたいことはあるのに、そろそろ時間切れ。

資本主義の話は面白いのだが、僕が資本主義を否定していると思われるのは心外。

システムとしてはとても合理的だと思うが、それだけではないよなという人間世界を観測するために読んでいるだけ。

「ため」というと目的っぽく観測されるけども、僕は「為」では生きていないもんで。

家族の話も血のつながりで解釈しない。

はい、寝ます。

おやすみなさい。

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