22:18から。
満月さんも僕も肉体的に疲労困憊。GWが終わって楽になるかと思ったらそうでもない忙しさが持続しているもんで、なかなか詰まっている。
そんな中でも満月さんはおにぎりをこさえてくれたし、洗濯もしてくれている。
ありがたや。
本日は帰ってきてからご飯を食べずに寝るというLINEが入っていた。
そこで、残っていたご飯を使ってもしお腹が収まらないと眠れないということに至ったことを想定して雑炊をこさえた。長ネギとぶなしめじと卵の中華風。
食べずに寝られるのであればそれで問題ない。僕は特に食べてくれるから作っている訳でもなく、なんとなく食べられそうな物を作っていて、食べてくれなかったら甲斐が無いという世界観でもない。
これが共同生活。
あと、疲れが自覚症状として認識できる分にはまだまだ健全。
身体が睡眠時間を要求して、それが意識できるということは、身体と精神がまだ分離していない。これを若い時は元気だったと解釈するのはちと違う。身体の回復力にかまけて分離させたままにしていたことによる身体からの逆襲が起こって、ふとした時に老化したと解釈するのだろうけども、個人的にはそんなことは無いような気がしている。
人格を統合させるより、きちんと身体のメッセージを捉えること。
満月さんが帰ってきたらすぐさま寝かせること。
さておき。
お仕事。
ちょっと調子が悪いのだが、なんとなく成果になった。
自分が何か善いことをしたから成果に成ったという解釈が無い。もちろんせっせとこなしているし、手は抜いていないのだが、自分が手を抜かなかったから返ってきたという世界で生きていないなぁと。
手抜きより知識落ちがまだひどいもんで、なかなか迷惑をかけている。
でも、この迷惑は未だ新人あるあるでしかなさげ。経験はきちんと糧にする世界になっているから、1回やべぇ失敗をしたら次はしない。
お遣いみたいな仕事をしているとこういうところに陥るのは分かってきた。
店長の世界観をトレースする。あんまり鵜呑みにしないこと。僕は基本的に読み手なもんで、人の言い分を客観的に検証するという意識がない。物語として読んでいると現実的に変な不具合が起こるなと。
人生レールで考えても、最終的に満月さんと出逢ったのはきっと意味がある。
運命論とか必然論ではなく、より楽しく人生劇場を楽しめる人として。
家族の話ってしたような気がするが、あんまり覚えていないからもう1回。
僕の家族って、感謝も謝罪の言葉も無くて、それが普通だと思っていたからそこが結構欠けている。家族の世界から離れたことによって、いただきますとかご馳走様とか、感謝の体系は顕在化してきたのだが、謝りの体系がまだあんまり分かっていないもんで、満月さんは僕が謝らないことにやきもきしているかもしれない。
でも、別にそれを改めないという意識は無いから、かなり共同生活で改めていると思われる。
気分が落ちるのは自分の時間を守れなかった時だけど、別に満月さんを悪者と思っている訳でもない。
これって、相手が自分の都合に合わせないと不機嫌になる精神性でしかない。
僕のは、自分の都合に合わせて欲しいではなくて、一日に2時間くらいは自分だけの時間を確保したいなというだけ。
これが我がままと捉えられるのであれば、離婚案件。
実際は無いと思えているから表現できること。
人が人と関係している世界において、自己がそのまま認証されるようなことがあればフィクションでしかないし、そうされたいのもフィクション。
母親と話していて、この人の世界観って資本主義を信じているのだろうなという印象が起こる。お母様に流したら母親の世界観は独りよがりだよねと評されたが、たしかにその通り。
やれやれ。
ここで社会学の話をぶっ込んでみるのだか、キリスト教が発端の予定論を信じている人は多いのだろうなと。
自分の人生が神様によって決まっているという認識を運命論みたいにするのだが、これってイマドキ流行っているスピリチュアル論とも繋がっている。
僕は色々書いているけれども、どれも信じている訳でもない、念のため。
意識的にはおかしいと思いながら行動としてはそれをしているというのが信仰の本質。
あんまり観念的な話をしているとお母様に哲学的だと言われるから。母親の世界観に絞ってみる。
気持ちではなくて、お金をかけたから返ってくるべしという世界観は、普通に当たり前なのだが。逆に人間味がない。
世界において自分が主人公であるという地動説は良いけれど、そんな世界観では誰も付き合えない。姉と妹が母親の世界に付き合えなかったのも分かる。
僕としては、我が家の関係がこじているもんで、解きほぐさないとなと思う。
血の繋がりが大事だとも思わないけれど、血の繋がりは最初の縁だからまぁまぁ越えなくてはいけないハードルという意味合い。
年数が長ければ分かり合えるみたいな感覚は皆無。
むしろ長く過ごす中で試行錯誤が生じる方が良い。
満月さんとはまだ色々ありそうだから楽しみ。
母親と話していて面白くないのは、リピート機能の機械のように同じことばかり語る。
割り込んで、もうその話は聞いてますって言っちゃった。
同じことしか語れなくなったら人生劇場に彩が無くなってきたのだろうなと読むのだが、どうなのだろうな。
人生に安心しないからこそ書けるというのは在り得るし、人生が安定している人の文章は面白くない、
文章はあくまでソシュールさんで言うところの差異の領域だし、書かれている自己評価がその人の現実をスケッチできているとも思わない。
あくまで良いところしか書いてないよねーって。
いや、それこそが言語表現だし、それほどがっかりもしない。
のだが、誰かが書いた記事より、kindle読み放題の本の方が読み物として面白いもんで、ごめんなさいではある。
いやいや、だとしたら僕の文章は無価値でしか無いのに、何で読む人が居るのだろうという疑問が起こる。
まぁ、それで集まってくれる人は単に個人的にスキだなぁと思うだけ。
こうやって睡眠時間が削られるけれど、楽しければ明日の自分は後悔しない。
おやすみなさい。
良い夢を。