22:25から。
今朝は時間の調整が上手くいかず、おにぎりを自分でこさえた。
練度が低いのと、美味しいように作っていないから、なかなか美味しくなかった。
日常に取り込まないとおにぎりも上手くならない。
髪のセットは2日目。
完全に前髪を立てるより、少し落とした方がお好みらしいもんで、視界が拓ける限度で数束落とすことにした。日常化させるのであれば、コンビニのインスタントではないワックスを買わないといけない。
次に美容院に行ったときに前髪を立てることにしたということを言わないと。
ワックスは美容院で買っても良いけれど、薬局でも良い気がする。美容院だと髪質に合った物を提供してくれるからきっと値段以上の付加価値があるもんで、僕の意識次第。
さておき。
お仕事は相変わらず時間が足りない。
結構面白い世界だなとは思っているから萎える気分は無い。
必要に迫られている人ほど選択肢は少ないし、迫られていない人はここに居る時間が間延びする。前者に合う商品があればさっさと決めていただかないといけないし、後者の方もせっせと決めてもらってここに居る時間はなるべく短い方が幸せ。
店長が自分事にならないと人は他人の話を聞かないと心理学めいたことを述べていたのだが、勉強になるというか、僕の内部もほとんど同じ感覚だから、なるほど、もっと自分を出した方が売れるかもなと。僕が無意識で昔やっていたことを、もうちょっと意識的にだしていく。あんまりお好みの手法ではないのだが、地ではある。
誘導してあげるって上から目線だけど、ここの市場には長い時間居るもんではないという意味では、速く離脱できた方がその後の人生時間を創れるなという解釈ができる。早くここの迷い時間を終えた方が相手の為という価値観を軸にした方が良い。僕の売上は後から付いてくるものでしかない。
こんなの営業に向いているかは不明だが、会社の理念には合っている感じだからピンポイントで相性が良いのかもしれない。
店長も人の本質を探る人だから、カウンセラーになっても売れっ子になったかもしれない。
僕としては、店長が営業しなくて済むようにするのが喫緊の課題なのだが、この話は書いた気がする(脳内で言語化しただけかもしれない)。
どうでも良いが、我が家で「炎炎の消防隊」ブームが起こっていて、もしやと思って漫画ヲタクの先輩女子に聞いてみたら、案の定全巻持っていた。この人普及したいヲタクなもんで、明日雨が降らなければ全巻一挙に貸してくれるらしい。引きこもり系ヲタクの僕にはない世界観だが、ありがたい。僕は「ソールイーター」が面白かったのだが、先輩女子も満月さんも未読らしい。
自分の楽しみを他にお裾分けすることが自分の楽しみであるという世界は理解できる。
先輩女子、仕事上のやり取りだと結構否定から入りがちなのだが、ヲタク世界を語るときには肯定から入るもんで、この世界のことは話しやすい。
やれやれ。
満月さんからの連絡はない(23:07)。
本日辛味噌肉うどんがリクエストされて、レシピが送られてきた。ちょっとアレンジしてスープは作ったのだが、うどんを先に茹でてしまうとのびてしまう。タイミングが大事。
とか書いているうちに帰ってきた(23:10)。
駐車場でおそらく仕事のやりとりをしている。あ、やべ、玄関のドアを開ける音がする。
急速に茹でてこさえた(23:13)。
ちょっと前までは日記に対する集中力が疎外されるからタイミングが大事な料理は「面倒」の部類だったのだが、割となんてこともなくなってきた。
切り替えが上手くなってきた模様。
他のことをしながらも文章脳に意識をおいておけば良い。
どうでも良い話パート2。
スピリチュアル界が言うところの「愛と光の世界」の五次元って感覚的には分かるのだが、言葉としてはよく分からない。言語化できるものだという理由付けだけど、だったらなんで言葉で説明しているのだろうと思う。
おそらくだけど、高次元の世界に浸透している人は、言葉をあまり扱わなくて良いから言葉による説明が日常化していないが為に、なんとなく拙いのだろうな。外国にずっと行って来た日本人が日本語に疎くなるように。
だとすると、もっと上手い言語化ができるような高次元に生きる人も居るかもしれない。
その界隈だと異端と思われてそうだが。
僕もそこまで言葉を重視している訳でもない。物として価値ある物ではないという意味。
だから、これだけてきとーなことばかり書けるし、自分の表現が自分の存在と一致して高評価だと存在価値を認証されるという意味を感じない。
布教したいヲタクではなく、伝播すれば幸いというヲタク。
資本主義の本は、この観念と現代哲学の起りが本質的には同じだという話になってきた。
ヘーゲルさんが俎上にのぼっている。この人の考え方は「精神現象学」を読み流しただけだからよく分かっていないのだけど、「止揚」という概念が終わりなき完成みたいなことになっているのは感覚的に分かる。
単に素朴に生きているだけで「中庸」だと認識されたことがあるし、もともとズレている。
魂レベルが高くなった人は孤独だけど孤立しないという話があって、まぁまぁ。
対話で面白くなるというより、自己主張をして自分を認められたいという話ぶりは、聞けるけど僕の話をする余地が無い。余地が無くて寂しいなぁという感じが無いから無限に聞きがちになるのだが、それがあんまりお互いのウィンウィンにならないから、僕が孤独の方であればお互いの為だなぁと思ったり。
人に自分の話を聞いて欲しい人をたらしてしまう。
その話し手の世界にたらさせるということでもある。
共感ではなくて共有。
この影響が半端ないもんで、楽しく生きている人の話を聞くようにしないと大変。
もう寝るので強制終了。
おやすみなさい。
良い夢を。