そうたい

22:32から。

いつも言っている気がする。

なんだか忙しい。

僕は選ばれたという「運命論」より選んだという「選択論」の方が面白いと思っているもんで、この世界は自分が選んだとしてみている。

この補助線だとだいたい辻褄が合う。

良いことも悪いことも自分の選択によるとした方が他者に影響を与えない。

ただ、人間世界に居る以上、生きているだけで他者に影響を与えてしまう。

炎炎ノ消防隊ではないけれど、基本的に自分が内観でモブだと認識している人は居ないし、誰しもが確立者。この漫画で言うところの確立者は集合的無意識にある普遍な認識を揺るがす存在。飛び抜けた天才とも言えるし、飛び抜けた変な人とも言える。

この話、あんまり非現実の趣味の領域に留まらないのだよな。

お仕事が時間制では無くなって、人と出逢う間口が変わってきてややこしい人が増えてくる。時折癒しの人がやって来るのだが、これもこれ。幸せであることに寄ればもっとこっちが寄って来そうな気がするが、そのレールだとストーリーが社会的な成功に収束するもんで。

いや、お仕事って社会だから、その社会に登れる人しか参与できないということは重々分かるし、どんな大富豪だって社会を舞台にしたら全員救うなんて無理。

絞りつつ、このお仕事で遊ぶことができる。

この世界観だと、お仕事では不安でしょうがない。

自分が確立されないし、知識はどれだけ取集しても足りない。

この軸で経験が真理だとできる人ってだいたいやばいと思われる。

経験が真理だと思う人って、相手より自分が足りてないという世界観なのだよな。

この世界観の人と接すると滅茶苦茶エネルギーを使う。

自分の経験でマウントとって来て、自分が神様みたいな感じになっている。

僕が成功したとしても、自分のことを語るときに肩書きからマウント取る気はしない。

自己紹介する時に肩書しかないってめちゃくちゃ空虚な世界観なような。割と風潮をディスっているような気ガするが、それを踏まえてどうしているか人の文章のが楽しい。

これで言ったら、お母様はだいぶ年上だけど、対等にお話ができる。

対等って立場ではなくて、言い分を聞いてくれる余地があること。僕の言葉を聞いてくれる人にしかあんまり話さない。

僕は話したがりではないもんで、聞かれてもあんまり話せない。

満月さんは文学者なもんで言語としての確証として私の何処が好きなのって聞くのだが、非言語で選んでいるのに、言語化しろって言われてもまぁまぁ困る。

言語化できないのではなく、

なんなら書きたがりでもないから、僕の文章において主張は全然無い。

主張しないといけないところでは発話化も言語化も割と真面目にするのだが、ここの表現が僕の本質では全然無い。

人の存在って、自分にとって価値があるかどうかより、一緒に居て楽しいかどうか。

楽しいことに理由って無いような。

まだ色々あるのだが、本日はここまで。

おやすみなさい。

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