あのさー

23:15から。

時間が押しているのだが、楽しんでいるから問題ない。

生活パ―ト。

頭が重い満月さん、前日酎ハイ飲んで眠い僕。

一応寝る間際にお米を浸水していたのだが、勤務時間が最も長くて頭が重いにも関わらず、おにぎりとスープをこさえてくれる満月さん、半端なくありがたい存在。

別にその返しでもなく、肩が痛いという言うもんで肩揉みをしたのだが、して欲しいと言われた昨日寄り揉みがいがあった。結構ポイントを捉えるの得意。満月さんは触った感じ全く凝っていないのだが、もうちょっと奥に滞りポイントがある。

帰ってきて、洗い物を一掃してシンクも洗った。

シンクって料理における可動域だから、なるべくニュートラルにした方が良い。我が家は満月さんも料理を日常化しつつあるからそりゃあ洗い物は溜まる。

別にディスる訳では無いけれど、料理が非日常だった前の人との生活だと、シンクに三日前の調理器具が溜っているということもあったのだろうが、この生活だとすくなくも2日以上シンクを触らないことはないから、洗い物が溜ったとしても生活が滞っていない訳では無い。

あと、シンクという枠が汚れていると一瞬しかめっ面になるもんで、本日の所業をした。

僕はシンクの汚れはあんまり気にならないし、洗ったらいいじょんというスタイル。洗い物は次の日の自分が楽になるためにするだけ。

ただ、満月さんはシンクが汚いと機微的なところでちょっと気になるのだろうなと観測されるもんで、なるべく綺麗にしときたいなと。

この視界になったのは、むしろ満月さんが僕の機微を気にしてくれているという鏡なもんで、やはり隣で居てくれる人という感じ。

キッチン周りの動線とかもうちょっと考えないといけない。

今のところ食器棚に満月さんが片付けられることになっていない。肉体的な可動域なところで。手が届かない。

それくらいは考えているという感じで生活パートはここまで。

仕事パート。

時間のズレというのが仕事におけるストレスのだいたいだと思う。

空間のズレは外国籍の方だとありうるのだが、同じ日本人でもありうる。

こちとら仕事の時間で動いているときに当人の時間で世界が動けると想っちゃう人が居る。

そこを調律するお仕事が営業だとすれば、AIには絶対できない領域。

別に僕は営業で一生過ごす気はないのだが、他人と交換できない存在という自分というのがちょっと分かってきた。

人はお仕事領域でさえ他人と交換できない。

これは結果というか成果というか利益とは別の話。

問題は、僕の私的領域だと利益度外視だという世界観を仕事時間だと適用できないだけ。

お仕事領域だともっと時間を切ってあげないといけない。

この辺りの個々人が持っている時間の感覚はちょっと面白いと思う。

お仕事していると大変が増えるだけのなのが。逆に僕のお仕事でできない時間をフォローしてくれる人も存在している。

人生劇場ってそういうものだとすると随分楽しくなる、

ここの楽しみが近代の世界観とズレているという考察も書きたい。

時間切れなもんでここまで。

こんな日記が人に時間をかけても読んで良いなんておこがましい。

おこがましいから、価値ある時間を提供したいために、何か価値があることを書きたいのも分かるけれど、僕はそういう意味で価値を提供するつもりがないもんで。

機会があれば、この気分の源泉の話を書いてみたいのだ、まだ頭の中でぐつぐつしている。

おやすみなさい。

良い夢を。

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