常時賢者モード

日を跨ぎ、眠けまなこで書き始める今回、消えて初めて存在が濃厚に認識されるというのはどうなのだろう。というか、どんな意図があって効果を求めていたのだろう。

さておき。

本日の仕事は初めからポカをした。出勤時間を間違えてしまったのだ。ただ、ちょっとトラブルがあって忙しかったから、うやむやになった。帰る頃には収まって、あれ、儂シフト違うって自己申告し、なんだかんだ定時で帰ることになり、結果的に残業になった。まぁ、この残業は無為でもないから良かった。

相性の悪さの話。

新人さんのことは何回か挙げているのだが、この人やはり関わってなくても相性が悪い。先生もきっと相性が悪いのだとは思う。なんかよく分からないのだが、最初から今まで同じことばかりしている。先生がそれは止めた方が良いよってやんわり、最近は強めに言っているにも関わらず、え、ちゃんと話聞いているのかと観測される。自分の世界が強すぎるのだろうか。人からの情報で自分が刷新されず、自分の世界の内に入ってくる言葉だけが聞き取られている感。

もちろん、僕なんかよりは遥かに電話応対スキルは高いし、予防線の張り方も上手い。ただ、なんかその分、言葉に当人が乗ってないよなって。まぁ、これは逆にこの人の世界観において何かあったのかなとは穿ちうる。

ちょっとだけ直接話す機会があった。世辞っぽいことを言われたのだが、なんとも薄っぺらくて、こちらも薄っぺらく返した。

言葉が薄っぺらいというのは、結局のところ、それと行動が連動しているかどうかなのだが、言葉だけの世界でも、自分がきちんと乗っているかどうかのような。僕は結構ボカロ実況も見ているのだが、声が同じでも中身の人格によって随分変わると思う。

個人的に相性悪いのが、この新人さん、先生を無駄遣いしているところ。優しいし許容するからと言って、自分の無理解を丸投げしてはあかんやろって。先生とは言うものも現場の指揮権はあっても人事権はないから、内心当たりを強くしてめげないかなとか思ってそう。僕は内心がブラックな人は結構相性良くて。笑

愛想的に僕が話す人はその人のことに好感があったとしても、きちんとお話してみたいかとは別の次元のこと。言葉と身の丈を合わして話すのはとても難しい。自分の存在のことを語るのは難しいから、外のことばかり話しがち。

のほほんと人と話すが、中身を語る言葉を持たない人に対しては冷ややかな目で見ている墨のような評価がある。

そういえば、この「がち」って「それから」で、「勝ち」の漢字が当てられていてなるほどと想った。天気予報みたいなことで、それをすることとしないことの割合で、することの方が多いという意味合いかって。

やれやれ。

たまには相性が悪いご飯屋さんに当たるのも良い。自分の墨的部分が見える。

温野菜に行くつもりだったのだが、準備中の札がかかっていたため、近くにあった韓国料理屋さんにした。閉店ちょい前にやってきた迷惑客ではあるのは分かる。それとはなんかもう細々相性悪い。駄目出しを書き連ねるのは精神衛生上良くないから、ポイントを1つだけ。ご飯はともかく、ドリンクがすぐ出てこないお店は、教育不足なのか人員不足なのかは知らないが飲み屋さんとしてきちんと成り立っていないと思う。ここだけでも絞ってくれていればここまで相性悪い感はないのだが、大事なポイントを押さえてないのは、全体に伝染するからどうしようもない。

ここのせいで、ご飯の美味しさも感じられない。
外食の料理の高さって、人件費その他の経費とは別に場所の空気を食べることも加算されているし。人はそういうものも食べられる。

別に相性が悪いからといって、食べログで低評価にするとか、店員さんに当たることはしない。ただのリピート客が1人,2人減るだけ。言い勉強になりました。どーもどーも。

その後は一駅分お散歩で精神がクールダウン、なおかつ体はウォームアップの両義性。コンビニでアイスを買って、サムギョプサルのただ辛いだけの辛味を中和した。この前のカレー屋さんの必然的な辛さとは随分違う。

道中のマンションの駐車場で、1人の猫氏が、蛾っぽい虫と遊戯しているシーンを見かけてしばらく眺める。虫はもう羽ばたくしかできない状況だが、猫氏は興奮しつつ猫パンチとか、ぐねぐねしながら弄んでいる。さすがに食べないだろうなーと話していたら、おもむろに口に入れて咀嚼し出す。遠目からでも咀嚼音。猫界の自然ってそうだよな。

帰宅したのが23時くらいでそこからドラマをちょっとだけ見た。「ビギナー」という司法修習生にスポットが当てられた話。

1話の小手調べで、報復のためにナイフで脅して女性を下着姿にさせて写真を撮る行為は果たして何罪かというテーマ。

強要罪は成立する前提で、もっと重い強制わいせつ罪が成立するのかというのが本質的な問題。当時の判例では、わいせつの定義の中に性欲を刺激するという概念が含まれていて、そういう意図が無ければあくまで強要罪ということになる。

これは強制わいせつ罪だと認定した人達がこのドラマの主要人物になるのだが、劣等のレッテルを貼られる。

ただ、現時点では平成29年の新判例があって、性的な意図を一律に必要とするのは相当ではないということになっている。知識では劣等だったビギナーの登場人物は、思考力としては卓見になる感じ、相当ちゃんとした法学者が監修していたのでは。

まぁ新判例の方の事実関係は強制性交罪にあたりうるくらいの生々しいことをしているから、この判断が、服を脱がして下着姿にする行為にまで適用されるのかは微妙なところ。脱がすことには性的性質しかないのかというと、色々な可能性はあるし。追いはぎとか。

司法試験にも相性悪かったな。正解の枠があるという中で自由な言葉を書けない人物だった。

手足を伸ばしたところで、価値ある言葉を綴っている気は全くしないが、僕の存在はそういうものだ。

両義的な男という称号をいただいた昨日。とても僕の存在を的確に捉えている言葉だと思う。

僕は表意的な言葉をてきとーに扱っているから、言葉だけを読めば一貫性がない。これはすべからくの人に対してもそう捉えている。言葉で一貫性を保つことはとても簡単。言葉は省エネの為に生まれている節もあるし。

あと、言葉の定義として、「拠り所」という機能が含まれている。自他の言葉を頼りにするという世界観。たしかにあえてそう言語化するという意味はあるのだろうが、僕の世界観のある意味トラウマ的なところに人の言葉はあてにできないという教訓があって、自分の言葉も別にあてにならんよなという節がある。

自分の中にうごめくうごうごした部分に言葉でレッテルを貼って安心はできないし、人のことを言語化したところで人は決まらない。

一応色々書いていて、存在はインターネット世界にも現実にも流してきているが、ここを自分の存在と連動させていないし、独り言を書いている訳でもないからSNSにアップロードをするのは辞めた。

弱っていると言葉を拠り所にしたくなるというのも分かりみ。正しい言葉を探して三年くらいぐるぐるしていた時期がある。言葉ってそもそも求心力がある機能を持って創られたものだし、自分という概念も基本的には言葉でしかない。変数が増えた自分でも観測できるのであれば事情は変わってくるが。

僕はいま弱ってないから、言葉は言葉として存在は存在として別枠にできる。

そういえば、文学理論で欲望の話になっているのが、欲望という言葉の起こりは「暗夜行路」だとか。言葉の機能として、ずっと前からあったと認識できるということもあるのか。

言葉はあくまで参考値でしかない世界観を共有できる人って多いのか少ないのか、全然読めない。

はい。寝る。

もう

目が充血してるのが分かる。

おやすみなさい。

良い夢を。


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