20:20から。
本日はお休みなので開始時間が早い。
とはいえ、18時に帰って来た。お仕事が大変。
昼までには終わると思っていたが、全然終わらない。
これを負担と感じるのか負荷と感じるのか試練と感じるのか。
個人的には真ん中と後者のブレンドだろうなと。
負荷の部分は店長がこいつならできるだろうと回してくる仕事。試練の部分はそういう星の下に生まれている感じ。これを調整して休みの日にきちんと休めるようにするのが理想形。
休みの日にこんなに仕事して居たら満月さんに「社畜人間」と怒られるぞと言われる。
先日もこんなことをやらかして、「仕事人間」だと言われたと呈示していたもんで、その発展形で。
まぁ仕事時間も楽しめれば楽しくない隙間時間が無いから個人的には問題無いのだが、あんまり仕事に時間が置かれると、好きな本が読めなくなるし日記時間も押されてしまうからシンメトリーくらいが良い。単純な半々ではない意味で。
ご飯の話。
朝ごはんを食べようと思い、本日は玄米白米ブレンドご飯をお母様印の梅干しで食べた。
朝はお腹があんまり空いて無いし、それと睡眠追加時間を比べるとどうしても後者に傾いていたのだが、二度寝あくまで気分の話なのかもなと。その分ちょっと早く寝れば良い。
朝ご飯を食べておけば、夕方辺りにエネルギーの枯渇を感じないかなと。
別にできなくはない時間調整。
現在もうちょっとで帰って来る満月さんを待ちながら書いている。
晩御飯のメインは一緒に買おうとのこと。
副菜は18時に帰ってきて、お風呂読書1時間を差っ引いて家にある食材で3品作っている。
大根と豆苗の塩昆布サラダ、生人参の鶏ガラにんにく醤油みりん(レンチン)あえ、茄子の柚子胡椒めんつゆの焼き浸し。
こういう名前が付いて居ない冷蔵庫を循環させる料理は楽しい。
名前が付いている料理って、目的に向かうタスクっぽくない? そうでも無いのか。
そろそろ帰って来そうなので一旦着替える。
(20:42)
帰ってきた。
(21:05)
肉を焼いた。
さておき。
今日考えていたのは、なんだっけ。
ポンコツなもんで申し訳ない。
変な話、てきとーに流れてくる記事はあんまり読むもんではないと思った。
面白くなくても影響されるから。
資本主義の話が流れてきて、何ぞやと思ったけども、なんのことも無かった。
知識は共有だから調べれば分かるけれど、認識は固有だから面白い。
僕の文章が面白いのだとすれば圧倒的に後者だと思われる。
共感されるのは苦手だからそれを排してもなお読み物とされるとは。
小説の起りを社会学者さんが書いていて面白い。
あんまり読解できて無いのだが、神様という審級(この概念も難しい)に対する不安の間に小説が起こったという話がある。
小説とは、視点がふやふやになるから成り立つ。
聖書の話も面白い。あんまり書くと消されるかもしれないから書かない。
僕は小説という形式を日記でやっているから、あんまりあえて物語を創る欲求が無いのかもしれないなと。
現実の不安から逃避するために物語を読むというのは、小説クラスタにありそう。
僕そういう風に小説を読んでいないもんであまり分からないけれど、気持ちはちょっと分かる。
自分が居ないところで展開する物語って、消費エネルギーが無いから視点として独立できるのだろうなと。
どれだけの労力がかけられているかはともかく。
noteの記事だと労力かけている割に当人の癖が見えないなという記事が多くて、あんまり面白くない。もちろん、読まれる数を増やしたいのであれば、創作者の目はあんまり見せない方が良い。あくまで客観的な目に認証されるように書くしかない。
この視界に対しては、すまんやでしかない。
時間を書いているのは、僕がここにそれほど労力時間をかけていないという証拠としてだし、言葉で書かれることが当人の価値まで繋がるはずがないという解釈なもんで、書いていることが自分の価値になるとか認証になるという目的を持って書いている人の文章はちょっと駄目になってきた。
書いて行けば言葉と自分が乖離できるけれど、おそらく本意ではない。
最後に。
学校で国語の時間が減っているという話を聞いた。
僕も日本語については生きれば生きるほどよく分からないと想っている。
もっと昔の方が日本語を扱えていると思っていた。
いまはよーわからん。
言葉から読み取る情報って、全然十全ではないよなと。
僕が書いている言葉で僕のことを分かっていると解釈するのは足りてない。
もっとちゃらんぽらん。
もうちょっと細かく書きたいような気がするのだが、明日も仕事な社畜なもんでここまで。
おやすみなさい。
良い夢を。