生き様

22:09から。

ちょっとしたカオス。

感情としての言葉の分類に当てはまらない感情類。

言葉が足し算ではなく引き算なのは、自分の中にある見えない部分を言葉によって可視化できるように絞るからなのだろうな。

本日は満月さんがご飯担当。

肉じゃがと豚肉の大葉チーズ巻き揚げとトマトときゅうりと茗荷とたこわさの和え物。

筆舌に尽くしがたい。

お母様は満月さんのことを「何もしない」と折に触れて言うし、言いたいことはなんとなく理解できる。実家での洗い物とか。でも、これは「何もしない」ではなく、「何もしなくて良い」となったときにしないというだけであって、お母様がその満月さんを許容しているということでしかないような。

僕との生活では何もしないなんてことは無いし、苦手なところ、というか慣れていないところがあるのだろうなというくらい。何かを指摘すると苦言を呈していると変換されるから、あんまり言語化はしないしする必要も無い。満月家の語彙には倣わないようにすべし。

どうでも良い道交法違反のカオス。

お仕事でお客様を乗せて案内に行くとき、こちらが左折、向こうから右折の車が居た。左折しようとする先の横断歩道に自転車が来るのが見えたからゆっくり待っていたら、僕が信号が青になっていることに気付いたのかと思ったのか、右折車が先に曲がってきた。曲がり先で自転車に気付いて止まる。そしてそのまま進んで行く。

お客様も車を運転する人だから、娘さんはきょとんとする。お母さんは暑いから変な人多いよねと言う。僕も別に怒ってはいないが危険だから「大変ですね」と少しズレた第一声を発し、おそらくこういう因果ですよと補足して、特にこの右折車に共通ヘイトを溜めないようにした。

車を日常的に運転していない人にはピンと来ないかもしれない。

信号が無い交差点で左折側が無駄に譲って右折が先に行くということはありがちだが、信号がある交差点で左折より右折が先に行くのは珍し過ぎる現象。

個人的には、人は判断力が鈍るときもあるから、自動運転がもっと発達したら良いなと思うだけ。既に高齢者の運転者も多いし(ちなみ本日の右折車の運転者はそれほど高齢には見えなかった。たぶん40代くらいの男性)、タクシー感覚で自家用車が移動してくれるのが一番良き。たぶん技術的にはできそうな気がする。グーグルマップの大まかな視点とドライブレコーダーのカメラとかで。できないのは、人の認識が追い付いていないからのような。

別にこの現象に対して、変な人が居て道交法違反だから糾弾したいという意図はない。

単にそういうことがあったという日記レベル。お客様が正しさにがーが―言う人だったら営業マンとしての僕の現実化する言葉はまた変わってきたかもしれないが、ドライバーが安全運行で悪態を付かないもんで、変なこともあるもんだなぁという話に収まる。

お仕事と言えば。

このお客様に対してこれこれこういう風に接した方が良いとレクチャーしてくれた店長。特にメモる訳でもなく応対に入って、やり取りに聞き耳を立てていた店長が、あとで、「硯さんは俺がレクチャーした言い回しを一語一句違えず言っていて、記憶力が凄いと思った」と発言する。

記憶力の話で言えば、僕はまぁまぁ劣化しているという自覚がある。

覚えるために努力していないもの。ほんとは、覚えるべき物事を記憶して、要らないものは忘れるのが洗練された記憶力。こんなもの要らないけども。

この話、どうでも良いし、誰も教えてくれないから、単なる僕の固有かもしれないが、そんなことは無いと思っている。

人が覚えるのは、必要なことではなくて、覚えるときに何の構えもないこと。

あんまり具体的な例は思い浮かばないけれど、覚えようと思わなくても残っているものが人格を形成しているのが証左。

これを学習にも流用できないかと思っているのだが、構えを求められるもんでどうかなぁと。

構えを必要とすることは外から来ているから、努力というより練度が必要になる。

回数をこなすことにより、外付けになる知識。ここも人生劇場においてはもちろん大事。

ただ、人間ってそれだけではない。

例えば、美容師さんとの相性とか。満月さんも今の美容師さんの切り方は僕が好きだった人より切り方が主観的だと評す。細かく注文すればできるのかもしれないけど、セットしていないときに河童みたいにならないツーブロックと注文したところでどうなるか。

ではなくて、たまたま隣で施術されていた二回りほど年上っぽい男性がサンダルで来ていて、足の爪が目に入った(視力1.5)。親指だけしているのを見て、僕は良い時代になったもんだと思った。ジェンダーの区分が雑になっている。

個人的には身体に装飾することで自分のことが開示されるみたいな感覚は無いのだが、そういう感覚がある人にも寛容になっているのが良い。非言語の表現のこと。自分の身体を外から見えるところにどう見せたいかに寛容になっている。

(若い娘がへそ出しルックのシャツを着ているのは眼福ではなく、お腹冷えると風邪引くぞと心配になる)

眼福レベルで言えば、ペディキュアとピアスないしイアリングは近いかもしれない。変な話、単なる裸体よりエロい。素朴からの装飾だし、人格が露出しているという意味。変な話、男も女も肉体の交渉は買える世界だから。そんな交換できる世界に固執する意味は無く。

肉体は劣化するから、そこで生きているとそのうち退場するしかない。

僕の露出ないし装飾は文章で良いもんで、身体に何か操作することは無い。

肌を柔らかくするジェルは満月さんから流用しれている。実際に柔らかくなったかはともかく、笑顔が捗る。捗った笑顔は気持ち悪いと言われる(わざと)。

生き様は顔に出るから、装飾より生き方を気にした方が良い。

ここまで。

おやすみなさい。

良い夢を。

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