22:52から。
う巻きが上手(雨)すぎる。かば焼きから作っている訳ではない。お母様が焼くだけのかば焼きをくれたから巻いただけ。職場で本日の夜ご飯で作るといったら、撮ってきてと言われた。みてくれも割と良くできたのだが、撮った画が全然美味しそうではない。肉眼ではいけるのに、レンズを通すと像が変わってしまう。
広報担当(iPhone持ちの満月さん)に頼んだ。写真家に表現の外化(可視化)を頼むのは在り得るのか。いや、う巻きは別に僕の表現ではないからどうでも良いいのだし、僕は映像で表現しようという気概がないもんで。
お仕事。
スーパー事務とかいがい女子と僕の組み合わせがもっともメタで楽しい。
店長と先輩お嬢は、あくまで主観的な世界観。別に良いんだけど、主観的な世界観の人って、後に轍が付かない。なにせ轍を気にしていないから。
かいがい女子の人格は面白いのだが、メンタルは弱い。その辺りをスーパー事務も気にしていて、硯の轍を踏みつつあるのは倣うべきところと倣うべきでないところがあるよと。
かいがい女子、硯さんが居なかったらこの職場で働くのやばかったかもしれません、優しいお兄ちゃんが居てくれるもんでと言ってくれる。僕も半ばなもんで、可愛がれるほどの知識も包容力も無いけれど、なんとなく壁というか緩衝材にはなれるかなと。人のことを気にする人にとって、店長と先輩お嬢は相性が悪い。
人のことを気にするのって当たり前じゃんとなるかもしれないけれど、ここで言っているのは、自分にとってどうかという次元ではない。悪しからず。
かいがい女子、僕に聞いたら良いと思ったことでも、先輩お嬢が居たら先にお嬢に聞かないと変な顔をされるとのこと。一回先輩お嬢の分かりませんを通して、硯に聞くという無駄な工程を踏んでいる。自分だけを気にしている人にこういう工程は無い。
スーパー事務が僕のことを「やさお」と評しつつ、事務作業のカバーをしてくれるのも、僕にメタ的な視界があることが気付かれているのかもしれない。僕はどれだけしんどくても仕事で当たり散らすようなことは無いし。
はて、しんどいとは?
しんどいから当たり散らして良いのもオカシイ。
売上はそれほど突出していないのに。
店長の文脈もスーパー事務の文脈も抽象化すると「甲斐」の話だと読める。
売上としての甲斐か、人としての甲斐か。
僕はぬるっと甲斐になってしまう人格でいちいち楽しんでしまう。
営業は自分の時間では生きられない劇場だが、あんまり気にしていない。僕は自分の時間は最後まで後回しにする質。
かいがい女子との雑談。
彼氏とギスギスしているらしい。
メタ的に言えば、正直そんな彼氏とは別れたら良いとお兄ちゃん視点では想う。
曰く、定時で終わる仕事って触れ込みだったけど話が違うじゃん、しんどいなら仕事辞めても良いと言われているらしい。
これが、心配を目的とした発言だったらなんとなく分かるけど、仕事が早く終わろうが遅くなろうが、料理パートをかいがい女子に依存しているっぽいから、心配しているのはパートナーが自分を省エネしているかどうかの主観の話。
たしかに省エネをしてくれるかというのはパートナー観としては大事だが、逆に相手を省エネできるのかという世界観がないのはやばいなと外から見ている。
だもんで、店長に根回ししてかいがい女子がなるべく早く帰られるように操縦した。
彼氏と別れたらきっとこの職場で居られなくなるだろうし。
我が家は恙ないねって満月さんに言ったら、ギスギスしてますよとじゃれられる。
なんならちょっと猫パンチ的に殴られる。
私生活の家事労働の配分でしかパートナー観ない人は、もうくっつかなくても良い世界。
家事は外注できるから、人とくっつくのは、あくまで人格の相性が馴染むからというだけ。
人とくっつけないことに淋しさを感じる人は、おそらく時代に合っている。
僕は僕の内部をさらけ出せなくも人とくっついているから、寂しさを感じるいとまがない感じ。
自分の時間を優先していないもんで、とんと隙間が無い。
隙間に飲み会とかできない。
満月さんとは仲良しだと思っているのだが、満月さんの中では色々あるのかも。
ナカなんて分からないけど、居るんだったら大丈夫だろうな。