21:50から。
絶賛調子が悪い。
眠いし、お腹が空いている。色々日常描写は書けそうだが、言葉がまとまる気がしない。
眠気の方は、若干これからの準備なのかなと思うところがあり、次の方が楽しんだろうなと。何もしたくないから寝ているとかでは無さげ。またどこか穴に落っこちそう。
空腹の方は、ジャンキーなご飯だとだめっぽいもんで、昼ご飯には冷蔵庫にあるベーコンとキャベツでぺペロンっぽいパスタを作り、間食で冷凍ご飯で卵かけごはん(若干ジャンキー)を作って食べた。
夜は、満月さんがそろそろ食べたいだろうなと専用でネギトロ丼を準備した。ネギトロ丼はまぐろのたたきだけだけでは完成しない。マヨネーズと顆粒出汁を混ぜ合わせておくと良い。あと、豚しゃぶとレタスの自家製ごまポン和え、鶏ハムとベビーリーフとアスパラのサラダ、もやしナムル、白だしアスパラ巻き卵。う巻きの会から卵焼きの練度を上げたくなってきている。
という感じで、破滅的な空腹ではない。破滅的なのはもう辞めたというか、胃腸がストップをかけてくるもんで、食と幸せはそんなに連結していない。
さておき。
この不調は一言にすると「楽しんでいない」ということ。もう一言追加すれば。「ほんとに自分で楽しんで良いのか」とセーブがかかっている。
酔っぱらいが正義はアルコールという話をしようと思ったのだが、書いていて面白くない。
正義に酔っている人は価値観の平衡感覚がとんと狂っている。自分を見なくて済むという意味ではお酒の酔いと近いものがあるような、ないような。
あんまりここに居たくない感がある。
満月さんは職場の世界があんまり見えていない正義に萌えているバイトさんのことを最近やたらと語るのだが、なんでそこを注視しないといけないのだろうと思う。おそらく調子が悪いからである。
まぁ、正しさって基準だから、大きく言えば法律だし、小さく言えばモラルだし、なんらかの基準が無いと人は生きられない。僕は正しさを自分の頭の中の辞書から退場させているから正しさというマジックワードで媒介させていない。
正しさを基準とすると相手の否が気になるんだよな。
自分がやっているのに相手がやっていない、許すまじって。
僕はそこがどうもどうでも良いらしい。
ここをどうでも良いとしていると、付け入られるから困る。
もう寝る。
おやすみなさい。
良い夢を。