実家の温もり

22:36から。

ちょっと戻って来た。

満月さんとお母様の見解では、調子の悪い部分はA型とのこと。たしかに、この視界から見れば無茶苦茶小言がでてきそう。ただ、別に調子悪くてもやることはやっているし、それほど悪い世界でもない。

曰く、B型の世界が小躍りしているし、何にも気にしていないように見える像。

個人的にはどちらもあんまり変わらない気がする。

どちらが楽しいかと言えば明らかに後者だが、根本は同じだと思ってきた。

さておき。

お小言パートを書くと愛を疑われそうというか、満月さんの地雷を踏み抜きそうだからやめておく。僕は別に何かをしてくれないことに対して怒ったりはしない。共同生活って自分の労力とか時間が節約されるから一緒に居る訳ではないとしているもんで。問題は満月さんがされて嫌だった行動をしていないかということ。

別に昼のおにぎりも夜ご飯も僕が担っても良いし、何か役割をこなさないと共同生活のパートナーにならないとも思わない。できる人がすれば良いだけ。できないんだったらできる人に回すべし。

この基準が細かくなるのがA型パートではある。

ほんと、この視界で見れば世界がやたらと荒んでいる。ただ、「自分がやったから世界に報われるべき」みたいな感覚は無いから、怒りは感じない。ちょっと虚しくはあるけれど、着のまま存在ではなく、関係的な意味の存在として。

B型パートと見られる、満月さんの実家のソファーでぐでんとできるのは、細かく収集した基準の経験則においてこの場では大丈夫だってなっているだけだから、気遣いとしては一元的な基準。

このA型、B型の基準は、別に本質ではない。

そう見えるだけ。人って関係上においてしか存在できない(疑義は認めるけど、自我自体が関係的なもんで)。

お仕事。

ちょっとやらかして、ペナルティをくらった。

A型パートは言葉に過敏過ぎることになるもんで、やべー、店長とかスーパー事務に怒られるのかと思ったのだが、全くそんなことはなかった。

そういえば、昨日満月さんが、私を無視したということでおにぎりを作らないというペナルティと同じことなのか。僕は無視した意識は無いのだが、記憶を遡ってみると、「早く書け馬鹿」というフレーズに過敏になってもう話せないとなった。B型パートならこんな言葉ご褒美でしかないが、A型パートだと、どの口が馬鹿と言う、もう話せないとなる。

満月さんはおそらくパートナー史上僕に対して一番パートナーだと思っているに違いないから、あんまり気にしないようにしている。

言葉に過敏な時は強い一義な言葉が痛い。

言葉が痛いのに、あんまりこの人の言葉痛くないなぁとゼリー状に感じたお仕事。

言っていることは分かるのだが、結論が変わらないからどう言われてもあんまり痛くない。

こういうペナルティをしたら相手が改めるという思想は、相手を嘗めているということ。

僕がここでペナルティを食らったのも、普通っぽい人は僕を嘗める傾向にあるからなのだろうなと分析した。たしかに、約束とか契約とか割とどうでも良いし、詰めが甘いのが否めない。

嘗められてキャンセルが起こるということは、僕が固有になっていないということ。

この世界で固有になるのはとんと苦手。商品しか見ていない世界で、僕ができることは今のところあんまり無い。いや、お仕事だからその理由を追求しないといけないし、改善する必要がある。

そんなことより、一般的な価値観の人に好かれないといけない。

プライベートな関係ではないのだから、時間の約束を破らないのは嘗められないようにしないといけない。言ったのにその時空に来られない人って、だいぶヤバイと思うのだが、仕事世界だとそれがまぁまぁまかり通る。

僕はあんまり約束に固執するのもアレだと思うから、お客様の人間性に苦言を呈す訳ではないけれど、この分かり易い待ち合わせの約束すら反故にできる人が、まともな私的関係を構築できるとは思わない。いや、重点の置き方でできるのかもしれないけど、僕は店員さんを蔑ろにする人はどれだけ美しくても成功していても無理。

私的関係なら相手が良ければどれだけ遅刻しても良い。ただ、その遅刻って相手の時間を奪っているという意識があるのか(A型的世界)。

待ち合わせで結構遅れられることが多くて、どうでも良いかなと思っていたのだが、憤怒氏が介入して、全部断捨離してしまった。僕との時間を大事にしてくれる人だったら、そんなに遅れないよって。

要は、嘗められているという解釈。

見てくれとか空気感で、とんと嘗められる傾向にある。

いや、別に嘗めてくれても良いのだが、僕を嘗めるということは他の人も嘗めているんだろうなということになる。

そんな世界観の人とはお友達になれないもんで、今のところお友達が居なくなった。

全然寂しくないのが異常と言われそう。

僕は人を嘗めるような感覚が無い。

満月さんのことも特に下に見ている感覚は無いのだが、当人、僕のことを上位と見ている模様。いやだったら、行動が起こっているはずだから、当人の人生劇場上都合が良いだけという説もある。なぜなら、行動がそんなに変わらないから。

気持ちはあるとして、気持ちの言葉がどれだけ現実に意味があるのかという話(A型)。

これを書くとダメージ受けるのかどうかは不明。

僕は休みではない日でも休みの日でもだいたい満月さんが仕事から帰ってきたときに食べるご飯は作っている。満月さんは当人が休日で僕が仕事から帰って来たタイミングでご飯ができ上がっていることがほとんど無い。

苦言では無くて、満月さんは自分劇場の方が大事なのだろうなと現実的には思っている。

別に良いとか悪いの話では無く、劇場観の違い。

言葉の方が大事なのが満月さん。僕は共同生活において家事をまぁまぁ大事にしている。僕が休日の時は、帰ってきた満月さんがすっきりできるくらい片付けとこうかと。

満月さんは元カレさんが洗い物を溜めて料理をする気が無くなったって苦言を呈していた気がするのだが、同じ感じの世界で生きていないか。僕は洗うし特に気にしないのだが、この世界で良いのか?

今日帰ってきて、机の上に昨日の夜のままの状態で食器が置いてあったとき、A型脳が満月さんって僕のこと好きじゃなくないかという論説を巻き起こす。これを硯が片付けば良いとしか思われていないのはB型的には愛と言う甘えん坊でしかない。

あんまり言うとアレなのだが、、いや、やめとこう。

ちょっとまた楽しい基準が起こってきたからまた小躍りできるかもしれない。

おやすみなさい。

良い夢を。

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