あなたがだれかなんてしらない

22:28から。

なかなか大変なのだが、読書して麦芽100%で消毒したら結構どうでも良くなっている。

お仕事が詰め詰め過ぎる。

もはや処理落ちしているくらいの業務量だもんで、休みの明日も残務を処理しに行く。

お仕事が何処に向いているかのお話。

別に自分を守るためなら、休んだって良い。だってそういう雇用契約だし。仕事を回す向きだと休んだら周りが困るもんで休みにくい。僕のお仕事が店舗に与える影響を自覚している。ただ、身体を壊すまではするつもりはない。ここの領分を越えるのは、自分を守るとお仕事を守るブレンディ。店長は身体が壊れる信号があるのにお仕事を休めない。

この辺りのバランスを取るのが人生劇場の醍醐味。

外から収集ところに正解は無くて、あくまで自分で天秤を調整しないといけない。

文字数少ないなぁ。

早めにトリップ。

このバランス感覚というか自己観は、実は所有権の概念に依存している気がする。

人は自分の身体すら完全にコントロールできないのに、「自分のもの」というフィクションの中に生きるしかない。

自分のものという概念は肉体を離れた観念であって、特に証拠も確証もない。

にも拘わらず、自分のものに帰属している何某を自分の存在と混同している。

こういう自己観って年代によるという説もある。

実際、僕の親のちょっと下の世代の人は、自己観が無茶苦茶強い人が多い。自分の経験で相手にマウントを取る層。だからとて特に何も思わないけれど、なんだか凄く窮屈な世代だよなと。まぁ、世代問わずそういう人は一定数居るけれど、割合が多いというだけ。

僕は自分を守るために、誰かにマウントを取るという傾向が無い。

そんなところで守られる自分は、「誰かのもの」でしかないと認識してきているから。

ただ、この語彙で人に話してあんまり通じるとも思っていない。

僕が結構お客様に好かれるのは、お客様のここの語彙圏を引き出しているからという説を浮上させても良いのだろうか。

こんなの、視点によっては人のことをどうでも良く見ているように見える。

自分に連動していない人はその他大勢に振り分けるのが普通。

本日の文章上手くないなぁ。

いや、いつも上手くない。

いやいやとりわけ。

色々現実的な考え事が蓄積しているもんでなかなか振り分けが弱い。

もう寝るのが吉。

おやすみなさい。

良い夢を。

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