21:59から。
ソース焼きそばに見えるけれど、オイスターソースの色が着いているだけ。バランスが絶妙で旨味しかない。自画自賛なだけかもしれないから満月さんが帰ってきたら感想を聞こう。
美味しい料理を作ったとき、感想は「うまっ」で、食べ終わった器で分かるから特に具体的な言葉は求めていない。
一瞬の旨味と、食べきれる旨味はどちらが高尚だろう。
珍しいから買ってみたが、炙りサーモンハラスも旨い。塩味が強めなので一瞬系。
今日も今日とて変なことを書く。
変なことを書かない日は無くしていきたいね。
(もうすでになっているに違いない)
YouTubeの一般的に見れば変な心理学チャンネルを眺めていて、「神様に好かれる特徴7選」というのが現れた。割と一致している。「穏やかで優しい」、「運が良い」、「寺社仏閣が好き」、「1人でも大丈夫」とか。
ただ、僕は「神様」という媒介を特に存在させていないもんで、生粋の無神論者だと思う。
寺社仏閣が好きなのは単なる「感じ」の話だし、この動画の説明では1人で居られるのは「神様が見守ってくれているという感覚があるから1人を楽しめる」という理由だったのだが、別に神様が見守って居なくても1人楽しめるわと思った。
変な話だが、本当に神様が居たら、寺社仏閣だけに留まっているはずは無く、それこそ八百万に偏在していると思われる。
例えば、仕事から帰ってきてお風呂にざぶんとした瞬間の心地良さとか、秋桜を見て秋だなと感じる機微だとか。岡潔さんが言うところの「情緒」こそ神様めいているで良い気がする。
崇拝したりお参りしないと効果が無いというのは、宗教の世界における神様であって、これはこれでパフォーマンスは得られるかもしれないけれど、僕が感じている「運の良さ」はそういうのとは違う。
解釈によってはいちいちパワースポットに行かなくても神聖パワーはそこらじゅうにあるということ。
今はアドラー心理学をベースにした「幸せ」についてが流れている。
なんとなく分かる。心理学って社会的なものだから素朴な幸せではなくてあくまで関係的な幸せなのだろうなと。嬉しがられる=自分に価値があるという連動はちょっと疑問だが、価値自体が社会的な創作物だからそう解釈すれば分かりみ。
人の役に立っているから価値があるではなく、役に立っている限りは退場しなくて済むという感じ。有能だから許される価値観だが、何もせずにここまで来た訳ではないもんで、ここが折れることは無さそう。いまでもやっているし。
さておき。
今日の今日、なんとなく気付いた。
昔から認識していたのに言語化が追い付かなくて「単なる変わっている人」と解釈されてきた自分に追いついてきた感。
お仕事で諸々あって、どうやら僕は「鉄のメンタル」と評されているらしい。この強さは方向性の問題なのだが、だいたい内側からが弱かった。外からどうかなんて割とどうでも良かったのだが、これをどう扱えば良いか分からなかったもんで、なんとなくメンタルを連動させてきた節がある。ほこりまみれの暗黒期。
もうちょっと具体的な話をしないと読んでいて分からないと思われる。
お仕事の諸々はかいがい女子が辞めるかどうかということになっていたこと。
誰も僕には詳しい話を言ってくれないもんで、何か有事だとは感じていたが、内情がヨクワカラナイ。まぁ、別に僕は維持を是としないから、もし当人に相談されたとしても、話を聞いてこのお仕事から退場することが是となったら、自分が今後どれだけ負荷がかかることが予見されていていても放流すると思った。
もちろん、僕が店長だったら立場が違うから、個人的にはそう思ったとしても、なんとか引き止める余地が無いかと模索はする。
当人から聞ける立場では無いから、また聞きではないから情報として真実味が薄い。この情報を聞いた限り、無理も無いとは感じなかった。ちょっと違和感。
聞いた情報だと、当人は仕事を続けたいのだが、外圧によって辞めたら良いのでは言われているとのこと。彼氏さんとか周りが、勤務時間が長くなり過ぎているのではないか、大丈夫かって言っているらしい。
だから辞めると公的に述べるのは何か変。
ちょっと前までの僕であれば、そういう事情もあるよなぁとおしまいだったはず。
何が変かというと、正社員のお仕事ってイレギュラーが付きものだし、いつでもイレギュラーないお仕事もある中でここを選んだ以上、思っていたのと違ったのであれば、外から理由を持ってくる必要がないよねと。
色々外から理由を持ってくるのは、そんなに当人楽しくお仕事できていないだけだよねと。
上層部がやたらとちやほやしていたから、まぁ、しばらくは継続する模様。
個人的にかいがい女子には興味あるのだが、こういう外向きの人間性ではなく内側にあるしたたかさとか賢さだもんで、飲み会しても出てこないかもなと思った。
僕は若いから未熟で世界が狭いみたいな安易な解釈をしたくない。
もちろん、当人と話ができたら情報が更新するから解釈は変わる。
別に、僕の解釈の方向で正解でも間違いでもどうでも良い。
やれやれ。
これだけ柔軟に世界を捉えているのに、満月さん曰く、硯は「頑固」らしい。いつの時代の僕の残像なのかは知らないけども、読む人によれば頑固(変わらない固有の部分)もあるで良いのか。
個人的には僕が頑固に見える人は、当人が譲れない部分が多いのでは思ったりする。
僕は自分の行動は結構日々更新させているし、それでも僕が頑固だと思うのであればそうなのではというだけ。
さて、洗い物をして寝よう。
おやすみなさい。
良い夢を。