移り

22:52から。

某さんのコメント返しをしているときふと思いついたフレーズ。

「哲学に感染させられている」

哲学的語用をコピペっぽくしか語れない人の感じを描写してみた表現。

なかなか的を射ているというか、個人的にしっくりきた。これって冒頭を哲学から言い換えてもだいたい何でも言える。経験に感染させられているとか、ジェンダーに感染させられているとか、科学とか宗教とか、なんでも良さげ。

ウイルスって同じ個体が増殖することが存在意義だから、突然変異になるともはや別の存在になるのでは。

哲学的語用に対して、当人の言葉が一文字も無かったというのは、なんとなく分かる。哲学の言葉って、小難しい固形物だから、なかなかかみ砕くことができないもんで、そのまま津使うのが通常の用途だと思われる。

僕だったらどういう言葉を使うかなと頭の中で諸々迷子したのだが、あんまり読んでも面白くないような気がする。カントさんの人が物自体に届かないという悟性だっけ認識だっけは、人が物事をどう在っても絶対的には捉えられないということだし、ニーチェさんの超人は関係性の中でしか生きられない中で関係を度外視して淡々と生きられる変人のこと。普通の人は、何のモチベーションなく継続できないという意味。

満月さんは今、忍者飯にハマっているのだが、僕にとっては哲学書がそれなのかもしれない。

噛み応えがあって癖になる。

相対性理論も一種の哲学だという認識。

実体感として、歩いているときと、自転車を漕いでいるときと、車を運転しているときの時間の流れが違うから、速く動くにつれ時間が遅くなる(移動距離との関係で)のではという認識。これは物理的移動に限定されず、精神的移動も含まれそう。アインシュタインさんがこの発想になったのは、光速で精神が動いていたのではという妄想。

原文をどれだけ吐き出せるかなんてあんまり意味は無い。だってそれなら記憶力の問題でしかないもんで、正解を求める学問でもないし。いや、研究者は正解を求めてやっているのもしれない。でも鷲田清一の著書を読む限り、正解ではなくて、本質を求めている気がする。

という哲学畑の話。

あんまり哲学が好きな人とも話は合わない気がする。

ともあれ。

お仕事。

女子3人と僕の日。なんだか、滅茶苦茶ちやほやと褒められた。嬉しいというより不思議な感じ。持ち上げられるような実績を上げているというのは確か(個人部門ブロック2位)だだけど、そうじゃなくて、褒めることに対して劣等感が無い感じが良いよなと。この流れに乗っているのがスーパー事務とかいがい女子。今後どうやったら店舗の売上が上がるのかという話をしている。

先輩女子だけちょっとずれていて、変に自分の話をしようとする。仕事の案件でちょっと出てきますって言ったら、「まだやってなかったんですか?」と言われ、ちょっとぴきっときた。暇がねぇからできてなかったんだよ! こちとら自分の範疇の仕事だけをしてるわけちゃうねん!

口が悪くなった。失礼しました。

自分が特定の場でズレていることに気付かないくらいに自己愛がある人って良いと思う。

それだけ貴方で良いよって育てられた証左だから。

とはいえ、先輩女子は関係する人ではなくて、仕事上使う人物だと認識した方が良い。

持ち上げつつ、自分の労力をショートカットできる道具。もちろん、本当はこういう風に人を扱いたくは無いのだが、相手の認識がそうっぽい以上、こちら側はそうするしかない人も居るということ。別に先輩女子のことは尊重しているし、蔑ろにはしていない。ただ、滅茶苦茶使っている認識はある。だって、そういう職位になったのだから、そこはやってねって。

ここはどうでも良い。

なんだか面白いなというか、ちょっと中学時代を思い出した節。

僕は中学時代、思春期の影響で女子とあんまり話せなかった。特にヒエラルキー上位種の辺り。でも、いくつか友達めいた人は居て、雑談みたいなことはあった。僕が投じた言葉が意図とは別に波紋を投げていく現象。

本日も、かいがい女子に飲みに行きますかみたいな言葉を投じたら、その前に満月さんと東京に行くために休みを調整していたときに私も東京に行きたいという発言(背景)もあって、どうやら、貴方は東京に行くんじゃなくて最寄り駅周辺で呑んでいたら良いよと解釈されて、女子トークで硯に蔑ろにされたという波紋が広がっていた。硯さんなかなかひどいことを言うよねーみたいな。

まぁ、本当に酷い人には酷いという言葉は当てられないもんで、単なる戯れ。

自分の発現が意図通りに伝わらなくて放っておいてしまう質がある。

好きに解釈されてしかるべきみたいな。これは僕が言葉によって人生の舵を取ってこなかったという劇場もあるし、言葉って現実とはあんまり連動していないよなという経験則もある。

だもんで、人の言葉にあんまり振り回されなくなってきた。

ぴきっと来るのは、どの口が言っているのという時だけ。先輩女子の発言はなんとなく神様の視点みたいに語るからぴきぴき来る。その視点でどの口が語るという意味合い。

ここで終わるのは面白くないな。

大丈夫、ぴきぴきも含めて楽しんで生きています。

僕は自分の存在が人の劇場の齟齬になるのが嫌だし、齟齬でなく本音を語られる関係が良いと思う。僕の絶対的な本音は「知らん」と非言語だし、言語化されるということは相手の世界の話になる。

あぁ今日も変人。

おやすみなさい。

良い夢を。

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