与え

21:09から。

本日はほとんど休み。仕事の連絡は1瞬しか来なかった。

今日やった方が良いかというお仕事もしなかった。緩くなったのは何故だろう。先輩女子を先生(モデル)としている説がある。

灯台下暗し。午前中に日差しを浴びながらサイクリングをしてブックオフに行って探してみたのだが、ヒュームさんの本は無かった。他にもそれほど呼んで来る本も無く。10年前くらいの年代のとき、本をガイドにして認識を散策していた時代がある。どうやら今は本を引き寄せる段階なのかもしれない。

年代と言えば顔から見受けられる年齢がバグっているという記事を見かけて、たしかにそういう世界だよなと思わずスキをした。僕は年齢を下に見られる側だが、そんなに嬉しくもない。経年がどうでも良いから。だもんで、人の年齢もあんまり気にしていない。

その人が何歳かって、たしかに同じくらいの年代だと当時の話ができるけれど、それで盛り上がったところでそんなに仲良くはなれないと思う。だって、どちらの人物も生きているのは今現在だから、当時の話より、今をどう捉えているかの方が重要。この意味だと、年齢なぞなんの意味も持たないと思う。意味があるとすれば、昨日書いた思考コストがカットできるくらい。年代別の思想の傾向というのはたしかにあって、この年齢だとそういう人だよねと統計できる。まぁ、そんな雑談をして仲良くなれるとは思わないけども。

認識は顔に出るというのはあるというのが個人的な体感。満月さんと出逢ってはや何年かだが、出逢った頃の方が老けていたらしい。今の方がぷりぷりしているのは、年代の傾向に合わせることを辞めているからという説。昔はもっと顔が物理的に固かった気がする。食料に炭水化物が少なくなってきて、また体型も戻ってきたような。

あぁ、灯台下暗しに戻って来て。

ヒュームさんは、kindle読み放題にあった。

「人間本性論」の1巻をざっと読んだ。まどろっこしくなって三行ずつ読んだもんで、余さず読んだ気はしないのだが、余さず読んだところで、全部残る訳では無いから構わない。

ざっと読んだ限り、定義の仕方が若干似ていると思った。

定義遊びの先輩認定。ここでいう遊びは、人間でしかできない営みと定義しておきたい。

人間の知覚を、印象と観念に分けるという設定はなんとも分かる。一般的な語用とは若干違うと注釈を入れる辺りも先輩。印象を当てるとちょっと違うと語るのも面白い。どんな言語にも適切に当てられる言葉が無いと書いていたが、ヒューム先輩は、日本語までは探索していなかったのかなと。日本語だと情緒とか趣とか、それっぽい言葉がいくつかありそうな。

内容はあまりかみ砕けて居ないから、ここに書くまでは至っていない。

ただ、本質だなと思ったところ。「人間の認識下にあるものしか人間には認識できない」みたいなフレーズ。これって、いまどき流行っている引き寄せの法則とかにも繋がって居そう。

ヒュームさんの時代に宗教が権威だったのかは知らないけれど、なかなか変人だと認識されていたのだろうなぁって。

おそらく世界は客観的に構築されているものではなくて、主観的だということを研究していたのではという印象。

これを読んだ後に読む鷲田さんの「所有論」がより美味しくなった。

所有って、あんまり人間の身の丈に合っていないような感じ。僕が昔、人が自分の噂話をしている内容がいちいち気になっていたのも、僕の存在をてきとーな憶測も含めて所有しているという観念によるものだった。今は、どうでも良い。勝手にやってくれという感じ。ということは、僕像が固定化されている相手にも勝手に振る舞って良い、ということになる。

所有がなんか変だというのは、今後の時代変化にも合っていそう。

YouTubeで流していた未來の話で、車で移動することがサブスクになるという下りがあって、やれやれという気分。人間よりちゃんとした機械の方が運転は上手い。僕は運転にそれほど労力を感じないけれど、だいたいの人は違うらしい。満月さんも自分が運転しているときに僕がスマホで漫画を読んでいたら怒るのだが、僕が逆の立場だと好きにしたら良い、なんなら寝てくれても構わないという感じ。満月さんの自家用車を運転するのは配偶者としての保険適用があってもちょっと憚られている。座席とかミラーとかいちいち動かすことになるし、ちゃんと自分の車として癖を付けているのに、僕の癖が付くのは嫌そうだなぁって。

あと、人間がやっている作業的な部分はだいたいAIがやることになるけれど、新しい仕事が増えるから大丈夫とか、日本は貧しくなっていくみたいな話があった。

前半はありそうだが、後半はほんまかと思っている。

作業的な部分をAIがやれるようになるんだったら、企業的には人件費というめちゃくちゃコストがかかる項目が浮くのでは無いかと素朴に想う。1人を正社員で雇うと、1ヶ月で安めのテナント1区画くらいのコストがかかる訳で、その浮いたコストで国民に定額給付できそうな。ちゃんと法人税が機能すればという前提ありきだけども。

たしかに、コンビニ店員とか書店員とかは淘汰されそう。

ここに人間的関係を求めてないし、感じが悪い店員さんよりAIの方がマシ。書店員さんについては、本ソムリエみたいな専門職が出てくると面白い。今まで読んできた本の類型と当人にヒアリングして、貴方の次の本はこれがおすすめとする人間。AIにもできそうだが、人間にしかできなさそうでもある。司書の人がやっている気もする。

個人的には、仕事したい人だけが仕事できるような世界になれば良いと思う。

そんな世界無いと思うかもしれないが、大学院とかはもともとそういう世界だと思われる。これが社会にとって効率的であるというのが許されているからこの機関がある。

僕は効率性なんてどうでも良くて、認識を更新することがどこまでできるのかが人生劇場の醍醐味だと思っている。

この舞台だと、人間関係は栄養素であって、存在の認証にはならない。

満月さんの話。

推しとの関係が若干こじれているらしく、聞いていて面白かった。

僕がここを面白く感じるのは、満月さんは僕の所有物では無いから勝手にやってくれても問題無いということによる。僕も勝手にやって良いのだが、プライベートに人間が入って来ると自由に動けないもんでやらない。別にプライベートが1人でも淋しくないし。

あんまり書くと怒られそうなのだが、世界線を意志によって交錯させているという概念が面白かった。僕も現実的な属性としての関係がない人間関係って意思によって近づけるしかないと思っている。ここの世界設定はお互いが決めるしかない。

推しと満月さんの関係はまさに思考コスト爆上がりの関係。コストをどちらが負っているのかはよく分からない。

人間関係をコストで考えれば何を主観と考えるか。

ちょっと、今日は寝る。

おやすみなさい。

良い夢を。

PAGE TOP