22:27から。
お仕事。
朝から成果が無くなったもんで店長がチクチクと詰めてくる。
怖い怖いと思っている訳でもないが、こういう時には怖がらないといけないと思ってしまう。へらへらしている笑っている場合じゃないと言われたが、いや、笑い話にした方が職場の空気が良くなるじゃんと思う質。空気良い職場の方が成果上がるだろうという説。
そして夕方にはまた成果だから気分が良くなる店長。
そんなに嬉しくねぇ。
職場の空気を締めることも上層部として大事だと思うが、締めすぎだよなーとは思う。
他の皆様も頑張って今日一日を終えたのに、「まだ終わりじゃないよ~」なんて言われたら、どこで切り替えたら良いか分からない。店長当人は仕事人間だから公私の切り替え無くても生きていけるのかもしれないが、そんな空気には周りが着いていけない。もっと定時までしっかりやって、切り替えて帰ってまたお仕事しましょう、休みの日には休みましょうの方が生産性が上がると思う。
人間は機械じゃないし、機械的に時間を増やせば生産性が上がるのはだいぶ時代遅れな考え方だと思われる。
僕としては、店長に何を言われようが常態が良ければ何も気にならない。
締められようが緩かろうが仕事振りは変わらない。空気感が緩いからといって仕事を緩めていたらなんというか、仕事をしている意義が無い。むしろ、締め付けられたびりびりした空気感の方が制限かかる。あんまり自由にやっちゃいけないのだろうなって。この自由はサボる方向ではなくて試行錯誤する方向なのだが、ぴりぴりされると場に合わせなきゃってなっちゃう。
もっと問題は、僕が責められることによって、周りにこの職場ろくでもねぇなと思わせちゃうところ。僕はそんなにダメージ無いのだが、空気がひりつく職場なんて常駐したくないというが今の働く人の認識だと思うし。かいがい女子にも硯さんのメンタル大丈夫かと心配されている。僕ももちろん嫌。理不尽が嫌だというより、そうやって締め付けないと人が動かないという空気感が嫌なだけ。
僕が言われると動きたくなる質だから、自分にも命令しないようにここ10年くらい訓練したら、言われる前に動ける人になっている。満月さんしか漫喫できないのだが、我ながらだいぶイイ男になったと思う。これを自分の為に振りまくことは無い。
僕が上司だったらということを良く考える。妄想は自由。
職場はなるべく緩い空気感にする。別に僕が良い人な訳でなく、そういう場の方がサボる人と頑張ってくれる人の振り分けがしやすいだけ。で、頑張る気が無い人には自然と場所が無くるような空気感にしたい。別にそういう人でもできるお仕事はあるだろうけども、場所だけ確保したい人には相応のポジションを当てるしかない。給料面では等価かもしれないけども、頑張ってくれる人には相応のスキルアップというか情報を流す。こちらもお仕事だから、情報を聞き流すだけの人には過多になる情報を垂れ流す意味がない。
上司としては教えた気分になれるかもしれないけども、僕はそこまで良い人でも無いもんで、最低限にしたい。
僕が良い人ではないって、誰だったら分かるだろうというと、おそらく満月さんであれば。
浮き沈みがある職場が嫌と僕が感じるということは、浮き沈みがある硯を嫌に感じているに違いない。どちらかというと満月さんの方が浮き沈みのブレは激しいのだが、喧嘩を吹っかけて来ても僕が乗らないもんで、ストレスが溜まっている可能性がある。
そうして、硯家関係だと実は僕の方が優位らしい。
僕の下ブレの時の不機嫌さにびくびくしているとの言質もある。別に不機嫌で満月さんをコントロールする気は無いのだが、当人察しまくりの人だから、自分が制限されていると思っちゃうらしい。
職場の話だと、嫌な家庭やないかいと。
満月さんも締めない方が動けるし、僕も締められない方が気遣いできるから、お互い怖々した存在で無い方が良いのだろうなと。
良い家庭は、喧嘩が無くて良い。
衝突は喧嘩という現象にしなくても良いという意味合い。喧嘩する程仲が良いという世界にしない方がお互い楽。喧嘩したいときはライオンキングした方が良い。わたしはーここにおこってるんだよー、そりゃあすまんかったやでーみたいな。割と我が家はそんな劇場をやっている。
どれだけ変なことを書けるか縛りなのか?
さておき。
どうでも良い話で収めたい。
どうでも良くないことはあんまり考える余地が無く、結局のところするかしないかという行動に帰結すると思っているのだが、この決断の合間を考えると思っている人が多い。個人的にはここは直感優位だろうという立場。情報はどれだけ収集しても完璧じゃないのだから、あくまで気分の話という説。この認識は基本的に共感されないから基本的に開示しないのだが。
僕が想う考えるは、どれだけ自分から離れたところで迷子的な思索ができるか。
昨日「ひとでなし」を読み終えた。正直追う推しの作家さんとはならなかったが、とても今の時代に合っている気はする。面白かったし、なかなかちくちくする。満月さんにはあんまりお勧めはできない。
小説枠が無くなったもんで、「アルジャーノンに花束を」を読み返すことにした。
この前満月さんがドラマを見ていた影響。
日本語訳を読んでいるのだが、原文の拙さってどうなっているのだろう。
スペルミスとかなのだろうか。日本語を翻訳した人はだいぶ意訳しているのだろうなとおもう。無茶苦茶大変だったろうなって。だんだんと主人公の認識が鮮明になってくることを文字で表現するってもともとが日本語だったら簡単だけど、翻訳だと苦労が計り知れない。
よし、寝る。
おやすみなさい。
良い夢を。