収束

22:57から。

ご飯を作り過ぎた。

リクエストのお好み焼き3枚、ちぢみほうれん草のおひたし、れんこんのうめこ醤油すりごま和え。昨日作った絶妙鶏ハムも残っているし、人参ナムルもある。満月さんはお好み焼き2枚を食べて満腹になると思われる。

これでギリギリまで残業した後の所業なのから、まぁやる奴。

お仕事。

店長への接し方をちょっと学習。

報連相の相を雑談くらいにいっぱい話すと良い。立場上あんまり雑談に関われないから、ちょっと仲間外れになっちゃう感じになるもんで、もっと話に参加しているというか、部下から話を聞くパートがあった方が安定しそう。あんまり孤高の人でもなさそうだし。

孤高の人はもっと仕事人間なような。

本日も出ずっぱりだったもんで、ひもじさを見かねたスーパー事務がローソンのサラダチキン(スモーク)をどこかのタイミングで食べたら良いよと渡してくれる。なんと優しい。結局おやつ時間くらい戻ってきて満月印のわかめご飯と食べることになったが、相性の良さが半端なかった。

ご飯を食べてまた出て、夕方に帰ってきたら、眼の調子が悪くなってコンタクトをドクターストップされて眼鏡女子になっているかいがい女子に笑われた。「なんですか」と聞いたら、「硯さん事務所に全然居なくて久々に逢った感じで思わず笑っちゃった」とのこと。

たしかに、かいがい女子とは話す縁がない。2オペになることも無いし、話せるタイミングでは誰かしらが聞いているから場にあったことしか話さない。

誰が聞いているかによって話題を変える共通項があるだろうなと思っている。

誰しもあるとは思うが、ちょっと別の部分で。今後縁はなさそうだけど。

縁なんて一瞬だもんで、だから人は名前を付けた関係で相手を留めるのだろうな。

周回軌道を一定するためにお互い公転する関係になる。

友達皆無の僕が語ることでもない。

まぁ、出ずっぱりでぎりぎりまで残業した後でも家事ができるということは、余力があること。

なんだっけ。

余力の定義は心理的安全なのだろうな。

今、脳を一生活性化させる啓発本を読み返している。

曰く、社会的な人間関係が減ると、認知能力とか記憶力が低下するらしい。僕の解釈だと、認識を話せる場があるかどうかなのではないかという説。認識が一致しているであれば、別に具体的な人は要らない。ネットで同じような認識でコメントし合うだけで脳は活性化するはず。

この文脈だと、本当は、自分のことを自分で聞いてあげて認めてあげる自家発電ができれば、世界の心理的安全は確保できるような気がする。ここは自己の認識が更新されるという前提があるし、ある意味自壊のリスクがあるからこの永久機関を構築するのはおすすめしない。具体的な誰かに聞き手を任せる方が自然。

生き辛い自分が居るなら、その自分は壊した方が良いのではと想う。

と、定期的に退場した方が良いのだろうなという希死念慮(ほどは強くない)めいた気分が起こる人が語る。この退場念慮は、おそらくどれだけ自分が楽しく生きていけたとしても否めない。

楽しく生きてそうな人は誰も教えてくれないけども。

まぁ、そんなこと常識的に話すことでもなさそうなのは分かる。僕もここでしか言わないし。

休み前の日でも夜更かししないようにしたい。

夜更かしするととんと稼働率が落ちる。昔はオールできたから楽しかったとかもあるかもしれないが、そうじゃなくて、稼働率下がっても次の日が問題なかっただけだと思う。僕はもうあんまり稼働率を下げたくない所存。明日に稼働率の低さを投げてしまうと、明日の

自分が困るし、時間のことを気にしなくて良いくらいには残りが余って居ないような気がする。

僕の文章を読んでくれている人が逢ってくれるということであればそこに時間を使うことは惜しまないのだが、そこまで現実味は無いよな。無目的の得体の知れない奴と逢う時間もきっとない。

やれやれ。

森鴎外さんの文章って、淡々とグロテスク。

本は日常的に読んでいるから、もっと本の話を書ければと思いつつ、一般的なレビューみたいに、この本をお勧めしますみたいなことができない。自分が好きな本が知っている人でも知らない人でも好きかどうか分からないし。

好きな本としてお勧めはできるけど、僕は別に好きな本の話をする共感空間で生きたい気はしないもんで。

僕が好きな本を読んだ人が、僕と違う解釈をした方が楽しいから、それほど文学畑でもない。

自分と一致している人が多いより、へーって倣える人生の方が良い。

はい、時間切れ。

おやすみなさい。

良い夢を。

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