22:45から。
哲学パートまで辿り着きたいけども、どうなるだろう。
余力があれば世界に対してはいくらでも寛容になれる。
ただし、、、
お仕事。
あくせくと動いて忙しいのだが、そんなに心は失っていない。
お給料をいただいている以上、ある程度の負荷は対価だし、お客様がこちらの事情を把握できる訳もないのが前提。それでも文句が出てくるとすれば、自分の問題か人間関係の問題。
人って自己を相対的にしか把握できない存在だから、荷重負荷で自分が割を食っていると認識すると心が折れるか、怒って世界を変えようとするしかない。
あれ、全パート哲学畑か?
先輩女子にキレそうになった。
僕はほとんど世界(誰か)に対して怒らないし、怒ったところで意義は無く自己発散でしかないと思っているタイプ。
ところで、「もやもやする正義」で、フェミニストの言説の中に「男性は暴力的である」という概念があるらしい。犯罪の統計データで暴力犯罪の犯人のだいたいは男性であるとのこと。著者も変だなと思いつつ、ここを納得できるのは、体験として男性が暴力的だったという経験データがあるからとのこと。物に当たり散らすのは男性に多いらしい。
ほんまか?
僕の体験データだと暴力的に当たり散らすのは女性の方が先。
母親がヒステリー気質で、父親は筋力的に圧倒的に勝てるのに、別に抑えつけることは無かった。
だからと言って、全ての女性がヒステリー気質で暴力的だとはならないし、人間には暴力的な気質は性別関わらずあって、それを自制できるのが大人じゃんって思うだけ。
ここに性別の枠をつけるのはオカシイような。
怒るのは世界に対するジレンマのサインであって、たぶん当人に不具合があるのだろうなという感じ。僕も自分が怒りそうになったときはそう。
今や人は言葉でも暴力できるようになっている。
先輩女子にキレそうになったのは、「硯さんがだらける」と言う発言。
店長が空気を察して和らげたのだが、思わず「だらけてねぇわ!」と強めに発言してしまった。ここに続くとすれば、「なんなら先輩女子の方がだらけてますわ、(具体的な事例をつらつら)」みたいなことになる。
こんなの言ってもしょうがないのだが、それでも言わないといけないということになったのかもしれない。まだ一緒にお仕事していく前提で、こんな自分のことを棚上げする人と居るのは毒だから、僕の不具合になることを取り除かないといけないという説。
仕事で一緒にやっている人に好き嫌いは持ち込まないから、できないことは強いないし、できることを上司の観測が無ければしない人は正社員だったらアウトだというだけ。お給料が時給で無いところであるんでしょって。
ムカムカしてくるな。
店長が注意しないのだから、硯が注意するしかないと満月さんに言われた。
たしかに僕が快適にお仕事をするためには、先輩女子がちゃらんぽらんではなくちゃんと仕事をしてくれる必要がある。新人さんにも悪影響。こんなお仕事振りで良いんだって思う人も駄目だし、きちんと仕事をしようとしている人が、この仕事振りを見て気分が落ちてしまう方が駄目すぎる。
店長の圧が強くて面倒だという話とは次元が違う。
店長は店長職の仕事をこなしつつだから、一般スタッフとは業務量が違うということを前提としないといけない。
というごたごたの中で、新人さんと雑談をする機会があった。
なんか懐っこいもんで犬系新人というあだ名を考えつつ、この人ちゃんと仕事をしにきているもんで、色々話せるなと。硯をいじってくる気概もある。でも、我が店舗の仕事の範疇を店長ベースにすると誰も付いていけないもんで、そこを仕事の前提にするのは違うよと教えこまないといけない。できることではなくしなくても良いことをしているよって。
僕がこの店舗に来てやっていたのはそういうことだったという経験を経ている。
僕が店長になったら、できることしないことは言うのだが、できないことを本社から言われてもちゃんとできる範囲でやってーとする。そこで割を食うのが店長職でしかないのだが、その情報を下のスタッフに開示する意義がない。
それで成果が出なかったら、スタッフの能力不足ではなく、店長の職場のコントロール不足。
もしくは、本社の人材確保の能力不足。
どうでも良いけど、かいがい女子もそうだったし、犬系新人(暫定)も若い女子なのに距離感近いのなんなのだろうな。アルカパ系だから大丈夫という認識なのか。僕も他人にスキンシップしたくないし、どんな美女に触られても嬉しくない。たしかに、若い女子(おなご)にちやほやされて良い気分になる気質はあんまりない。変な男に引っかからないかいなという感じ。
まぁ、僕が変な男であるということは否めない。ただ、変の方向が違う。
若い女子とワンチャン浮気みたいなことは無い。その後の面倒の方が困る。満月さんも変で、ワンナイトラブはいいけれど、恋はしないでねとのこと。
恋の概念も良く分からないところ。
仮に、「自分を度外視して相手に尽くしたい」という気分を恋だと定義してみる。そんな時間はありませんとなる。昔はやっていたのだが、恋気分はほんとうに相手を尊重している訳ではない。あくまで自分の世界観の話だから、一緒にずっと過ごせる感情ではないという意味。
という意味で、別に僕に恋してもらうのは困る。
そんなことより、ちゃんと自己の人生劇場で楽しんで欲しい。
という説。
なんだっけ。
Gさんは本日の日記をどう読むのだろう。
色々書いており、お仕事が大変なのですが、人生劇場を楽しんでおりますという結論。
という感じでおしまい。
おやすみなさい。
良い夢を。