ゆえ

23:19から。

仕事が気になってあんまり休めていない自分が不甲斐ない。

という気分になられたので書き始める。

昨日の日記の最後、おやすみなさいではなく、「おやすみなさない」になっていると満月さんから指摘があった。まぁ特に気にしていない。昔は結構失敗を気にしていたのだが、仕事ではないんだし、そこまで熱量を持って読んでいる人も居ないだろうし、なんなら、誤字を気にする人は僕の文章の読者として生き残らないだろうし。

仕事の話は先輩女子がどれだけフォローしてくれているかだろうなぁ。

事務先生と犬型新人が僕の仕事のお客様に絡んでも特に何も心配はない。そこで失敗が起ったとしても、まぁ投げちゃったしなぁとしか思わないし、申し訳なく感じる。僕が気を遣って良い人達。

店長と先輩女子になると不安まみれ。店長は仕事できるけども、他人の仕事を負の方向でしか気にしないから、若干負の感じで話している気がする。負の方向というのは、店舗として上から刺されないかという部分。もちろんここを気にしないと運営に支障をきたすこともあるのだが、バランスが偏っている。部下にこの人部下のことをなんとも思っていないのだろうなと思わせちゃう上司。

先輩女子は仕事が早いし割と正確(僕には無い仕事力)なのだが、想像力が無いし、対僕に対しても指示待ち人間。僕は割と人を考えさせる人間だと自負している。当人の経験則というか思考範囲の外で生きている。満月さんなんて毎日脳内がバグってそうな最大の被害者。

僕は特に察してちゃんでは無いけれど、いや察してちゃんにもなれるけど、考えて動ける人が好きなもんで、先輩女子に対しては先人がやってきたアプローチとは違う方向にしないといけないのだろうなと。先人がきちんと指導しようとしたって、自分で考えて動くことなんてプログラミング(指導)できないのだが、その隙間をどう埋めたかのアプローチをどう修正するか。

逆の立場だったらもっとやり様があるのに。

って、そういえば、今朝満月さんがGさんのメモリを修正する話をしていて。専門用語だとなんだっけ。教師なんとか。これって人の脳の中身に記憶された誤った認識を修正することみたい。教育とも近そう。

人の外から見える行動って結果というか現象に過ぎない。もっと言えば、人に起こった出来事も良かれ悪かれ現象でしか無い。ここをどう解釈するかというか認識するかというお話。個人的には人間の認識には解釈がセットであって、その仕方が歪だと個性と言われるし、一般的だとされるのが常識。常識も人から敵視されない為には大事。敵視されても良いということになりながら常識として受け入れて欲しいというのは矛盾な気がする。個性尊重と多様性は同居できない。

どうでも良いけれど、本日髪を切りに行ってきた。

さっぱり。担当してくれる美容師さんは来月が最後で、実家の美容院に戻るらしい。前回の担当の人も同じストーリーで離れていった。美容師界隈には良くあることなのだろうか。

今回の担当の人はセンスも合わないし、話も面白くないから次の担当が楽しみなくらい。

たまたまそこまで外見を整えることを気にしなくても良い感じで産まれ落ちてきたもんで、特に、見てくれで自己の存在を確保する欲がとんとない。服も別に何を着ていても気持ちが変わることも無いし。髪を切ったら視界が良好というくらいはある。

話が面白くないというのは、この人出来事ベースでしか話さないよなと。

いや、隣の席のトークを聞いていても突き指(懐かしい単語)を共通項に、突き指に伴う不便を語っていた。基本人って出来事しか話さないし聞かないのか。僕は考え事ベースで話される事柄の方が好きなのだが、たしかに現実において考え事ベースで話すことなんてほぼ無かった。

美容院の前の担当の人はちょっとそういう雰囲気があった。

別に考え事ベースでなくても良いけど、せめて評価ベースではあって欲しい。

自分がどう感じたか。言語化を訓練していないと語彙が単調になる。僕は評価ベースで発話はあんまりしたくないところではある。あんまり鍛えていないもんで。評価は常識とも繋がっていて、論理ないしストーリー。

本日帰ってきたのが遅めだったもんで時間切れ。

かと言って、日記を書くために遅く帰りたくなかったのかというと微妙なところ。僕のタスクでは最優先事項だけど、別に関係において守って欲しいという項目でもないから、できるだけ守ってくれるで良いのかもしれない(ほんまか?)。

はい。時間切れ。

おやすみなさい。

良い夢を。

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