独立

22:15から。

メンバーの歌ネタが面白い。

お仕事。

休日にお仕事だから、始動が滅茶苦茶遅い。休みの日まで仕事(の人)に関わりたくない感じがぱない。お客様とか業者様とか問題無いのに、仕事場に滞っている。

結局ちょっと出勤することになった。

事務先生が出勤していたらワンチャン遠隔で口頭で指示したかもしれないシステム操作を先輩女子に指示するより出勤する方が早いわと。なんなら犬型新人が空いていたらやったが、彼女は自分の案件持ちの人だから僕の案件を手伝ってもらうのは申し訳ない。僕が店長になったらお互い助け合いながら知識も収集できる場として、他の案件に関わるようにするのはアリだが、まだ僕の場ではないもんで。

もう先輩女子に対して諦めている。

お休みの事務先生にちょっと相談。

事務先生はお優しいから、先輩女子に対して諦めていないもんで、職場の伝言板を使ってもっと細かくお願いしてみてどうかを経過観察した方が良いと言う。

硯さんもいずれ店長候補に上がるような人だから、「メンバーをどう使うか」という視点でやったら良いのではと提案される。

なるほど。

僕はどんな人も割と人間として期待というか認識しちゃう。

ここで言う人間とは、無知の知で生きながら状況把握して動ける人。

そんなに居ないと気付いてきた。「無知の知」って、自分の既存の価値観が正しくないと認識することだから、これが違うと自分のアイデンティティも揺らぐとなってだいたいの人が大変。僕はそんなこと自分に対しても知ったこっちゃなくて、認識が変ったところで自分が動くだけだな~って観測するだけ。

小説を読んでいても、おそらく出てくる単語を全部正しく(作者が書いてように)把握できる完璧な読者は存在せず、どうあっても読みたいように読むしかないよなという気分。

国語のお勉強だと、評論文にしろ小説にしろ言葉には一義的意味があると学習するけども、そんな訳が無いというのが現在認識。言葉が一義だったら人間の齟齬は既にほとんど解消されているはず。

齟齬が解消されないのは、言葉が一義では無いことを自覚していないから。

なんだかバベルの塔っぽい。読んでいる人がこの神話を読んでいるか知らない。神様は疎通できる一義的な言葉を用いられると反逆されるからそういう言語を創らなかった。

そうして、先輩女子を人間では無く、仕事上の駒として扱うことを考える。

扱い処が無いとしか思えない。

居なければ居ない方がマシな人を、どう扱えば良いというのか。新卒フレッシュで入って来た人の方が全然マシだと観測している。だって、これだけ仕事していてほとんど何も経験できてない。ここで言う経験は身に付いて居るかどうか。

いや、僕の認識が追いつけていないだけで、使い処を創らないといけない。

と考えると、なんでこの人自分が人間っぽく振る舞っているのだという話になる。もちろん私生活で動かなくても問題無いし、頭が悪くても良い。ただ、その頭の悪さを仕事に持ち込んではいけないと思う。

となると、この駒が仕事でサボらないように緻密にお仕事のスケジュールを設定してあげないといけなくなる。店長が何も言わない理由が合理的に考えて意味が分からないのだが、サボるの許し過ぎだろうという認識。おそらく事務先生も犬型新人も同じ認識。

穿って考えると、退職者を出すと店長としての査定に響くからぬるま湯に浸からせているという説なのだが、意味が分からなさ過ぎる。店長の立場としてケアするべきは売上を創ってくれる人材なはずなのに、犬型新人のことはだいたい放置する店長。

ここの合理的な意味がほんと分からない。

いや、人のことを理屈では捉えていない。

だって僕が理屈ではないから。自分が言葉上の理屈で生きていない。他人の非言語領域も当然あるだろうなと思う、人間観。

理屈ってだいたい固定観念でしか無く、その固定観念のまま生きられる人はちょっと羨ましい。変な表現だが、馬鹿に成れた人。

そういう表現でしか発話できない人は結局合わないから、お友達になれない。

お友達居なくても全然寂しくない人としかお友達になれない気分。

そんな人いるかいな。

そういえば、推しに対する熱量の違い。

満月さんの推しの人は聞いている限り人でなしであって、逢うことに特に何も思わないけども、逢うことが楽しみというより清算な感じがする。逢うことによって満月さんの世界で滞ってきた部分が解消しそうという印象。だからうきうきしていても何も思わない。むしろ人生上必要なのだろうなという感じなだけ。

僕の最近の推しの犬型新人とはデートしても良いし、なんならワンナイトラブしてきても良いと言われるのだが、そこまでの熱量は無い。話して居て面白いところと固定観念が無さげなのは面白い。そして若くて可愛い。それだけ。

プライベート時間をかける相手なのかというと、それほどでも無い。

プライベート時間はおなごとイチャイチャするより、読書して文章を書きたい。いや、犬型新人とワンナイトイチャイチャできるのかはちょっと気になる。

まぐわいって、自分が気持ちよくなるではなく、相手をどれだけ気持ち良くできるかという場という説。そういうまぐわいならやりたいのだが、あんまりそういう場が無い。

え、まぐわいの空間ってそういうもんでない?

こういう楽しみ方ができるかどうか。

やれやれ。

意味分からないと読む人も居るかもしれんと予防線を張りながら、何で読む人が居るのかが合理的な理由が無い。

僕の文章を読んで直に関わりたいと想える人が居ないのであれば、noteに投稿する意味は無さげ。

熱量が違うんだったら、きっとお互いが人間では無い。

という人間観というか世界観に更新したいのだが、どうなのだろう。

僕は他人にそれほど人間として認定されていないから、世界観がずれている。

満月さんにすらそれほど人間認定されていない説もある。

こうなると、そもそも人間ってなんなんという話。

僕は、先輩女子と店長は人間では無いという認定なのだが、これって局面上人間で無いところで過ごしているからもしれない。ぶっ壊せるのにやらない世界観。

で、満月さんもあんまり人間として過ごしていない節がある。

これからどう人間になるのかは要観測。なんでしたいことができてないのかが滞っているのか。

僕は別に満月さんが自分にとって都合良く人生劇場に時短できる人だから選んでいる訳でも無い。満月さんは僕時を短的存在として捉えて居る節はある。他人を都合よく捉えて居る人生劇場観。

だとしたら、僕をパートナーとして選んだのは悪手でしかない。

僕は満月さんの全盛期を期待しているのだが、どうも無いらしい。

パートナーに対して綺麗でありたいという感覚はあんまり無さげ。

ディスって無い。自分で居られる人生劇場を大事にしているだけと思う。

僕はとんと世界において自分を大事にできない人。

やっとだいぶ大事にできてきたけど、他者を観測すると全然大事レベルが低い。

だから他人と現実的に生活できないのが分かる。

逆再生みたいな人生を生きている。

はい。

おやすみなさい。

良い夢を。

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