知らん知らん

21:51から。

言葉の精査。

お仕事。

本日は店長と犬型新人の3人ではなく某人も出勤だった。

世界が更新できない。ボケボケの非効率の仕事振りを描写してもつまらないので省略。

ちょっと波の関係で成果が取れていないからか、某人が外に(無駄に)出ているタイミングで、ロープレをすることになった。

硯さん主導でやってと言われたもんで、犬型新人と、時機の動機付けの話で座学っぽくやって終えたら、そうじゃない、ちゃんと実践形式でやれと店長がやって来て、店長がお客様役をやることになった。

こういう形式のロープレはぽんこつ。犬型新人の方がよほど上手かった。緊張していると評価されたけど、個人的にはそうではない。そんなに言葉に人を動かす力は無いという世界観もあるのだが、「ロール(役柄)」で人をそんなに見ていないから、お客様役をしている店長を見ちゃう。

全然言葉で響いてないよ、サービス業なのだから、もっとお客様をわくわくさせないとって店長の方法(言い回し)も見せてくれたのだが、僕がお客様の立場だったとして、そんなになんも思わないなって。

いや、この業界に僕がお客様として踏み込んだときには、なるべく早く安くで特に良い商品を紹介して欲しいみたいな感覚ではないもんで、営業の人の人柄なんてどうでも良かった。

なんとなく来る人には響くのかなとは思う。

流される人にはリーダーとして接するというのは分かるし、やらないと。

できるようになることに越したことは無い。

ただ、僕はエンターテーメントの場を、ワクワクできるアミューズメントパークとは思っていない。たしかに、刹那的に人と接する飲食店みたいな場だと、楽しそうにしている店員が居るのが大事。満月さんの接客は正しい。

ここの仕事場は、もうちょっと刹那より長いという感覚。

この人話せるなって感覚は、話が面白いとか、リアクションが良いとかではなく、聞いてくれる人なのかどうか。最初の10分で見ているのも分かるし、エネルギーを使ってエンターテインメントを提供しているのも分かるのだが、言い回しを準備していれば楽だよという感覚は、僕とはちょっと違う。

結果的には店長と同じ結果に至っている。でなければ成果は無いし。

エネルギーって話すより聞くことの方が消費しないかという感じ。その消費が楽しいから人の話を聞いているだけであって、人の話を聞くことが楽な訳が無い。でなければ、人の話を聞く専門職の需要なんて無いし。

話を聞いてくれない人に話すことは浪費。

浪費がエネルギーの過消費であれば分かる。人って相手の言葉、ほとんど汲み取って居ないから、話し側からするとほんと過重労働なのだろうなって。

聞き側だから、発話を訓練したところであんまり意味が無いと思っちゃう。

ロープレでできないことは対お客様でもできないよって言われた。これはなんとなくは分かるのだが、ロープレでできないことをお客様に発話しているもんで。

練習ではできなくても実践派。

ここを否定している訳でも無いし、型は大事なのだが、型に嵌った自分で良いとは思わないというだけ。これは、お客様が方に嵌められるという世界観でもあるのだが、そんなお仕事だと、自分しか存在していないよなぁって。

自分にとって有用が無用化を勘定するだけ。

そんな人生劇場つまらない。

冒頭に戻ってきて。

情報を伝えるだけであれば機微の描写は不要だし、謝罪を伝えるためには無駄に文字数を増やす必要がある。感情の下り。

(情報を伝えるアカウントが自己紹介を細かく書いているのは情に訴える目的がある?)

日記を垂れ流すのは情報と感情の中間だから、特に目的は無い。

ただ、垂れ流す以上、読んだら分かるように整えるのが礼儀だと思ってはいる。

そういう意味での精査。

自分のことを分かって欲しいみたいな目的があるとすれば、日記形式で垂れ流すのは悪手でしかない。だって、言葉を介してしまったら、当人の生身なんてどれだけ臨場感で書いたところで伝播されない。読み物としての自分を読まれたい、それで自分が確証されるみたいな観念であればそれでいいと思うが、それって楽しいのか? 

僕は、日々の楽しさを垂れ流しているだけであって、日記空間に生き処がある自分が居るとは思っておらんもんで。

ここまで。

いっぱい寝ないとここからイベントだらけだから大変。

おやすみなさい。

良い夢を。

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