時間制限

21:42から。

やべ、明日5時起きだからもう寝ないといけないのに、これから書くとか大丈夫かいな。

3連休で満月さんとお母様とお父様と地元に行って母親と挨拶をして墓参りをして諸々の予定。日記が書けるかどうかわからないけども、なるべく崩したくないな。

という感じでプライベートが詰まっているのに、本日のお仕事も詰め詰め。

事務先生と2人だったのだが、新規案件がやたらと舞い込んで来る。連休中も仕事のことを考えることになるに違いない。ポンコツ(改名)に指示しないと。

捌ききれない仕事量で、何か見落としている気しかしないのだが、カバーできそうなことはノータッチで良いのかな。僕しか対応できないことをやれば良いという気分。

こういう変に休まらない星の下に生まれたことを不幸と思う認識は無い。

もっと時間を有効活用できるよという意味で降りかかっているだけな解釈ができるようになってきた。

コンビニで悩む時間も勿体ない。考えることは行動に向かう時にするものではなくて、単なる思索に回した方が良い。

日記時間も、もっと早く書き終わるようにできる。どんな言葉を選ぼうかで迷うのはもったいないお化け。勝手にその時出てくる言葉を自分の表現とすれば良い。

たしかに、このお仕事に入ってから時間にいつも追われている気分になっている。自分で選ばないと、その隙間にどんどんタスクが入って来るということが分かってきた。割とこなせる質というか能力値なので、入って来てもなんとかこなせる。これが普通のことなのだと想って来たが、ここまで経年して他の人の劇場のサンプルも増えてきて、流石にここまでは無いなと思って来た。

まぁ、色んなイベントが起こるのがこの劇場の醍醐味であって、そんなに悪いことではない。むしろ楽しんでいる。

自分から見える世界での楽しみは十分漫喫できているのだが、次は、相手から見える僕で遊ぶというのもアリだろうなと思っている。

例えば、事務先生に、「そろそろぽんこつに怒っても良いと思っている」という発言をした。ここは感情ではなく、ポーズという意味。僕はもはやぽんこつに対して何の感情も起こらない段階だが、仕事としていうか躾として怒らないとなという俯瞰というか、仕事場のバランサーとしてそういう姿勢を見せないとなという気分。

事務先生も、このニュアンスを読み取ってくれて、やってみれば良いじゃんと言ってくれた。

店長がピリピリポーズをやっても響かなかった人が僕の怒りで響くかは知らないが、仕事場で非効率なことをやっているのは仕事場として不協和音になる。もちろん、できないことを無茶振りする理不尽は単なる感情の発散だからしないけども、できることを効率的に配分しないことは指摘しても良い。

世界における理不尽の中で、コントロールできることなのかできないことなのかという分かれ目が大事。職場の共通見解でぽんこつは存在自体がマイナス。僕もせこせこ仕事しているときに、暇そうに髪を触っているのが周辺視野に映ってきて、迷惑極まりない。

でも、この職場に居るんだったら、もっと使えるようにコントロールしてあげないと、犬型新人と事務先生と店長のストレスが高まる。ここの順番はストレスがかかっている順番。

人生劇場上、裏表はなるべく無くした方が楽しいだろうなと思っているもんで、最近職場でも本性をさらけ出しつつある。頭の回転が速いというか、発達障害系みたいな意味合いで、ちょっと話のテンポが合わないと感じられているだろうなというのが節々に出てきている。

脳の回転はマイペースでやれば良いかなという感じ。

合わないから駄目ではなく、合わそうとするときは意識的に合わせれば良い。

仕事場での怒りポーズは別にやったことないことでは無いから、できるとは思う。

これは越境ではなく、昔やっていたことをまたやろうかというだけ。

越境としては、犬型新人と2人飲み会が開催できるのかというところ。

別に下心はある(職場と関係ない話ができそうなのがこの人だけ)。問題は年齢差とか、職場の人とそんなに準プライベートで合いたくないとか、諸々メンタルブロックがかかっている実感。

いや、提案してみて断られたらそれで良いやんというのが素(裏)だから、言ってみれば良いだけよな。

常識から来ていると思い込んでいる「普通」の衣はどんどん取り去って行くのが今後。

だいたいは常識って単なる経験則。

どれだけ裏表無く生きたところで、そんなに人に嫌われるはずがないという説。

あんまり自覚的な根拠は無いのだが、経験則の普通。人を自分にとって有用に使う気が無いもんで。これでやってみて、嫌われたら嫌われたで、それは学習になるだけ。

はい22:23。

何分かかった?

もう寝る時間。

おやすみなさい。

良い夢を。

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