22:16から。
疲れがたまっているから笑う。
弟勇者の脳内会議脳に当てられているのが昨日の日記。
違いは、弟勇者の脳内会議だと、当人はあくまで主席というかスピーカー。他人は人というより状況でしかない。
僕のだと、あくまで発話は1席分しかない。いや、発話席はもっといっぱいある。その上に聞き役というか、検閲する自分も居る。
お風呂に入りながら、ぽんこつにどう爆弾をぶっこむかという会議をしていた。
この人の職位の曖昧さは店長、事務先生すら把握できていない。ここが問題。
当人はこの職位の研修をしているし、何か聞いているのではないという素朴な疑問をぶっこもうかなと目論む。
「研修をしたときに、その職位の『目的』がなんなのかを把握しましたか? (ぽんこつの語彙に合わすと)、職位の目的って、『何ができなければ上から怒られる(指摘されるか)』ということです。具体例としては、営業(僕と犬型新人)なら成果を筆頭に会社の顔でもあるから諸々の方面から怒られるもっとも弱い立場、店長だと店舗運営できていないと怒られる、事務先生の立場だと法律違反ないし内部規定違反がチェックできていないと怒られるという感じです。はて、では、貴方は何ができなかったら怒られるか把握して仕事していますか?」
みたいなこと。文章で読んですら、僕の意図通りに言葉を解釈できる人は少ないかもしれない。発話の文字としては日常会話での量よりちょっと多いかなというくらいだけども、ぽんこつには絶対通じない。ということは、僕の言葉が悪い、もっと言葉を減らすべきみたいな会議。
読んでいる人はどう読解するのだろうな。
ちょっと気になるところ。個人的なメッセージを端的に書くと、「何しに仕事に来ていますか?」と、「貴方(の職位)にどこまで期待したら良いかという範囲を決めて欲しい」ということなのだが、これだけだとめちゃくちゃ角が立つのは分かっている。聞き手は自分が否定されたと思うに違いない。いや、ぽんこつに対しては仕事上の存在として否定しているから、別にこう伝わっても問題無いのか。どう想定してもこの店舗の全員、僕に味方するに違いないし。
だから、余計に嫌という人情席の僕が呟く。
仕事場を円滑にするためにどうすれば良いかを楽しむ僕の何人かがもうぼろくそ言って凹ませて無駄に阻害するような振る舞いさせるよなという立場。嫌いだからじゃなくて、世界から何も吸収しないから、居ても職場の足を引っ張るだけという意味合い。今できなくても吸収しようとしている人にイライラすることはない。
でも、場の個々人の世界観を壊したくないという、人情ではなくホメオスタシス(恒常性)向上委員会の僕も一定程度居るもんで困る。僕の世界より相手の世界を気にする層。この層の僕は正味要らないと想っているのだが、この層が常識を担っている節もあるから、完全に退場させても困るのだよな。別にここを退場させて反社会的になるとかは無い。むしろ反社会性を持っている人と関係するとそっちに寄っちゃう奴。個人的には要らんけども、人と関係するには必須の層。
という、脳内会議を公開しているのだが、別に開示するデメリットは無い。
こんな変な人でも逢ってみたいと想える人とだけ関係できれば良いし、繕った自分を見せてどうこうは、仕事だけで良い。そのうち仕事も自分そのものでしそうな感じはあるのだが、まだまだ修行中。
で、どれがほんとうの自分なのかと問われたら、貴方の観測次第という気分。
僕は自我を決めていない。そんなことで自己肯定感が得られる訳が無いと言われたら、自分軸って、言葉で決められた自我では無く、どれだけ人生劇場を楽しめるかという物語だから、外から何を言われても、自分でしか変えられない部分だと解釈している。
例えば、お母様陣に僕のアルコール摂取量に対して文句を言われるのだが、今や誰にも迷惑をかけていないから、この外形的な習性だけで言われても気にしない。たしかに昔はセーブできなくて、自他に加害することがあったのだが、もう大丈夫。酔っぱらったから、自分から逃避しているのではなく、より楽しくなれるだけ。
アルコールは本性をさらけ出すらしい。
僕の本性は内省だから、どれだけ呑んでももはや大丈夫。ちょっと外に出したい貌が出るが、それで困るのは、恒常性向上委員会の僕だけ。越境し過ぎたかなぁって反省委員会。
あとなんだっけ。
何かあった。言葉で語る自己紹介ってどれだけ書いても当人から離れているよなぁとか、言葉で語れる自我も。要は、言葉で語れば語るほど、当人との距離が離れている。人が文章で書いている自己紹介、一切信用していない。信ぴょう性が無いかどうかはともかく、外面だよなと。
まぁ表現(言葉)って、距離が離れてなんぼか。
そんなこと、直に逢ってもそんなに分からない。
だから人間って面白い。
へい、ここまで。
おやすみなさい。
良い夢を。