面白み

22:30から。

「誰かが何かをしなかった理由」を聞くのが苦痛。「できなかった」では無く。

別に愚痴ではないのだが、とにかく話がつまらない。

もっと面白い話ができないと退屈。

「今日できるようになった何か」の話をし合うのが良い。

まぁお仕事の話。

ぽんこつは境界知能の人なのかもしれない。たまたま良い職場に恵まれているということにも気付いて居ない。僕も会話がズレる人だけど、きっと意味合いが違う。満月さんが数学に興味が出たらしく、「図解で分かる定理集」を買ったとき、フィボナッチ数列やら三平方の定理とかこれは何ぞやと聞かれるとスイッチが入ってちょっと語ってしまった。色んな情報が合って、どこを出すのかがスムーズにいかないのと、単純に自分の話を語りたいのとは意味合いが違う。

僕はこの人を正規のルートで淡々と陥れることも厭わないくらいに認識している。やろうと思えばできるだろうし、ちょっとずつ外堀を埋めている。

傍目、僕は穏やかでいつも怒らないと認識されているから、諸々と色んな人からゴミ箱のようにされる。ゴミ箱にもゴミ箱の矜持があって、ちゃんとゴミ箱として尊重してくれる人としか接したくない。

ぽんこつは、僕をゴミ箱としか認識していない。上の人に、事務作業系で進んでいないことを指摘されたとき、「硯がやっていないもんで」って言い訳をされて、あぁ、この人、仕事において協力の観念が無いのだろうなと。自分の範疇でやるべきことが軸で、その他の協力は余剰で、ここは誰かとか世界に投げて良いと言う認識。

別に庇われたいということは無い。ただ、僕が割を食っている意味は無いという話。

ここにかかる頭とか精神とか行動が無駄過ぎる。自分の人生を楽しむことにおいて、誰かに怒って排除するという手法も駆使しないといけないと思ってきた。

やらかしの緊急事態において、本質が見える。

僕は日常的にやらかしているけども、誰かのせいだという言い訳はあんまりしていていない。

要は、どれだけ長く接していようとも、相手を役割としてしか認識しない人は要らない。

そう、僕は、人と接するということは、相手に合わすという認識がある。

僕の情報量とか思考を、相手に全部語る意味が無い。承認欲求が無いもんで。質問だってただ聞かれている訳では無く、相手にとり都合が良い情報を収集されている気がする。

そんな問答、全く面白くないし、それで人を認識できることなんて無いような。

思考が現実化するというのは、当たり前にある話で、僕は波乱万丈が中身だから、

定期的にイレギュラーな現実が起こる。相手は僕がどれだけエネルギーを費やしているかは知らないのだが、個人的にはめっちゃ動いている。

1人で動けるお仕事の方がもっと楽しい気がする。

はい、寝ます。

おやすみなさい。

良い夢を。

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