23:22から。

本日は諸々忙しかったもんで、水菜サラダを作っただけで、読書タイムも省略。

だもんで、あんまり文章脳になっていない。

日常脳だと諸々言葉選びを考えて、テンポが遅くなっちゃう。

脳内の言葉と実際に発話する言葉にはどうしても齟齬がある。それを踏まえて人間を観測していくと、本質が見えてくるような。

お仕事で滅茶苦茶怒られた本日。

ただ、正直なところ、ここは申し訳なさそうにしているだけで、特に響いて来ない。

響かせると自分を凹ませることになるし、僕がどれだけ店舗に貢献しているかとい天秤思考になっちゃう。そういう話では無い。

色々言われた。店長を通さずに大店長と話をしただけで良いと思ったのはなんでなの? とか、仕事上のフローの話。満月店長に言ったら、それは怒られるよと言われたけども、うちの店長、情報量がいっぱいいっぱいだと見受けられるから、気遣ってなるべく流さないようにしている節がある。それで情報の疎通が滞っている部分がある。

というのが公的に理由付けることができる認識。

店長が忙し過ぎるし、情報を流そうとしてもその情報要らないって言われることが多いから、どの情報を流せば良いのかが部下の判断になる。そんなに適切に流せるならもう店長。

私的なところで言えば、成果で無いきな臭い情報を流したら、これからどうしようかの前に、変な否定的なちゃちゃが入るのが地味にダメージになる。もっと褒めてとは言わないけど、自分を守るために否定しないでよってなる。

仕事の云々では無く、当人の世界観だろうと思う。

そういうことが当人の言語世界にあるから、そういう発言が出てくる。

店長はそういう言葉を言われ続けて生きて来た人だから、この語彙しかないのは分からんでもない。個人的にはそういう感情的語彙では無く、もっとお仕事的語彙で客観的にやってほしい。お仕事に感情を持ち込むのは、ほんと辞めて欲しい。

自分の感情を信じている人が多いと思うけども、感情って自分の感覚の語彙でしか無いという説。こんなのどうとでもなる。

感情って、自分を物語る物語の語彙。

自分が何かを定義しようとしたとき、色んな根拠がある。体感的な自己は感情に寄っているのだが、感情は自己の揺らぎでしかなく。

とはいえ、落ち着いた余裕がある自分がほんとうなのかというと微妙。

昨今、誰しも余裕が無い。僕も余裕がないもんで、noteの相互の人の文章読めていない。

日常において自由にできる時間がとんと無くなっている。

僕が満月さんの私生活の上長だったら、淡々とキッチンの循環とは、作り終わったらまずはまな板と包丁とフライパンを洗って下さい。何故ならそれがあれ料理から始められるから。食器が洗って無くても洗いながらできるから大丈夫。

とか、言いそう。

そう、人生詰め詰めなもんで、断捨離しないといけないところが多いのだろうなと。

文章について承認欲求が無いから、noteはここまでか。

へい。

皆様良い人生を。

おやすみなさい。

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