22:10から。
プライベートとお仕事の身動きの落差が激しい。
昨日の山歩きはたしかに物理的に脚が疲れているのだが、使い切って疲れるのはむしろ清々しい。疲労感にきちんと意味がある。
お仕事。
新たなメンバーが加わった我が店舗。
お仕事をやり切って、パートとして働いて居る人。穏やかレベルが僕と似ている。
店長はお世話できる人ではないから、すんげぇ大人しかった。
僕と犬型新人の方が、あくせくと気遣っていた。
あくまで僕の観測だけど、店長は内弁慶で環境の変化に弱いのだろうな。
まぁ、人に教えられないという性質もある。僕も内弁慶気味だが、ちゃんと教えるべきことは年上だろうがなんだろうがやるので、力関係は全く気にしない。
犬型新人報告だけど、事務先生が離島の席で凄くイライラしていたらしい。
僕はあんまり事務先生のイライラは特に気にならない。だって、職場の空気感にそれほど影響しないから。業務には影響するかもしれないが、それほど空気の支配者ではないと思っている。
犬型新人は同じ性別だし、機嫌取らないと思っているかもしれないが、機嫌で気分を上下しながらお仕事をする人のご機嫌取りをすると増長するだけなので、変な人格攻撃が無い限りそんなに気にしなくて良い気がする。反応してくれない人には攻撃するかもしれないが、職場の業務を支配する権限は無いから、あくまで言葉だけの問題。
店長が問題なのは、業務の最終決断の権限がある立場だから、職場の物理的な業務量とか業務時間が変わってくるところ。具体的な指示ではなく、空気察しろよという感じでコントロールしてくる。
僕はこういう奴が嫌だし、自分もそうならないようにしようとしている。
ここを自分で動かすのはなかなか大変。自己の内側と向き合って、他者との時間も調律しないといけない。
僕の時間を大事にしてくれないからと言って、僕が不機嫌になる理由は無い。
そうなるのだったら最初から空気を読まずに自分で決めるべき。
動ける遊びが好き。
身体でも精神でも。
外から遊戯者とか観測者になる遊びは、もうあまり面白さを感じない。
そんなことより、人の可動域で遊ぶ方が楽しいような。
例えば、僕が僕を全力で使って職場環境を改善してみるとか。
これができるようになったら、職場でも可動域が拡がっている。
衝突したら人間関係が改善するという世界観は爽やかな少年誌の世界観だから、もうちょっとオトナの方法でやりたいところ。せっせとここから去るだけだったら、どこに行っても同じことになる。
下から直接否を言われたら、ハリネズミになる人なのが店長だと観測しているから、針を抜くような手法を取らないといけない。無茶苦茶難解。そもそも聞く耳を持っていない人に何を話すか。
やれやれ。
なんだっけ。
可動域というか稼働時間の話。
仕事以外の領域だと、僕の時間、割と増えている。
例えば、料理時間。
フル残業した後に使える物理時間は変わってないのに、おかずが増えている。
本日のメニュー。
満月さんリクエストの台湾ラーメン。ちゃんとスープまで自家製。
僕はこれを食べない。自分が食べない料理を作ってあげる私人はそんなに居ない気がする。
私生活の料理って、あくまで自分が食べるついでに他人に振る舞うという感覚が普通。
僕は普通ではない変人なので、返って来なくても満月さんが食べる用のメニューも作れる。
僕が作ったご飯、それはまぁ美味しそうに食べてくれるのが対価とも言える。
これでお腹いっぱい。
満月さんの存在によって、僕の料理スキルは向上している。
自分用のメニュー。
満月さんは食材を刹那的に買って使い切らない傾向にある。
これ別に悪口ではない。家庭の運用としての僕の料理スキル不足ということ。
とびっこが余っていたから、どういう風に使おうかと考え、ささみとキャベツと諸々の調味料で和えて見れば良いのではとなった。たぶん食べてくれるはず。
もう1つ。ちょっと胃腸が悪い。
これ。毎日浴びるように飲んでいるビールではなく、職場のストレスだという認識。
だもんで、豆腐を食べたい衝動。
乾燥ワカメを水で戻して、昆布めんつゆと和えただけ。手が込んで無いから、全部自分で食べた。
おそらく本日の満月さんは、台湾ラーメンでお腹いっぱいになるから、副菜をあんまり食べないと思う。次の日食べそうと残したところで、あんまり食べ切ってくれない。
これが悪だという話でもない。
おそらく、自分が残しても家族の誰かが食べてくれた世界観なのだろうなというだけ。
自分が知られているということに対して、自分のことを分かった気になってる人は、自分のことを知ったかぶりされていると思うかもしれないが、個人的なところだと、自分も含めた「人」なんて一生知ることはないと思っている。
だって、知っているの定義って情報としてコントロールできること。
自分のことをコントールできない人が、他人のことを知ったかぶりされても、当人としては、だから何なのという話になるだけでは。
もちろんこの文章は一説だし、共感されたところでなんとも思わない。
共感してくれた人が、きちんと自分で動ける人かは知らないし。
ここまで。
おやすみなさい。
良い夢を。