なんのことない話

23:20から。

「気まぐれは神の本質」

「すずめの戸締り」を今更なが見ている。

新海誠さんは「秒速5センチメートル」とか「言の葉の庭」が好きなのだが、満月さんは食わず嫌い。この辺りの作品は、画が綺麗な割になんとなく人が経験してきた痛い青春を刺激するので、たしかに本当のオタクは見ないかもしれない。

僕は自分の痛いところを刺激してくる作品も好きなM気質があるから見ていたもんで、ただたんに面白がって見ていた訳でも無い。

また見るかというと、この作品を読み返す時間は他に当てたいかなという感じ。

もう、感傷に浸る時間はあんまりないもんで。

かといって、自分と完全に離れた娯楽的な享楽に浸る時間も無い。

これを言ってしまうと一定の大多数に反感を買いそうだが、テレビとかSNSで流れて来るニュースを追うのも享楽だと思っている。自分とは地続きではない情報なんて右から左に流れていくだけで、何も人生劇場の実感になっていないと思う。

いや、そもそも、当人の本質を掘り下げようとする人があんまり居ないのかもしれない。

痛いし、人に言えないことを考えている自分が嫌だし、人に言えないことをしている自分も居るかもしれない。

誰かに言えないことを何故するのかというと、恥じがあるからだと思われる。

あとは、一般で禁止されているからあえてしたいみたいな子供の発想。

禁止されるとやりたがるとか、否定されるとやる気が落ちるというのは心理学的に名前が付いているんだよな。

たしか。

ここに潜るのも面白いのだが、ちょっと現実に戻ってきて。

お仕事。

2つの方向で疲れた。

1つの方向は、ちょっと重めも案件の顧客の重なっていること。

本来は売上になるかどうかであんまり深追いしてはいけない層なのだろうけども、僕は追っちゃう。それで売上になることもあるからやっているのだが、いかんせん、そのお客様方が負っている物語が重くて、持ってかれがち。

具体的な物語は書けないのだが、生活保護を受ける理由は人それぞれみたいな。

共感とか同情の次元ではない人がいっぱい居る。

こういう重めの疲労。

力になれそうだからやっているけども、たぶん無理かもなとか。

僕は薄情者だから、自分を度外視してまでやろうとは思わないのだが、なるべく助けたいなとは想っちゃう。

結果として助けられないのだろうなというのが疲れる。

売上にならないからでは無くて。こういう精神性は営業向きでは無いんだよな。

もう1つの方向。

うちの店舗、犬型新人以外、僕を疲れさせる人しか居ないということ。

事務先生の仕事振りに疲れる。

言葉は柔らかいんだけど、結局は言葉だけの人。自分の範疇でしかやらない。

僕がどれだけ忙しくしていても、僕が物理的にできそうだったら僕に仕事を回す。

要は、当人が楽するために僕を使う人に疲れるということ。

そういう振る舞いをしている人が、僕を言葉上でどれだけ褒めたところで、僕はロバでも馬でもないから稼働するモチベーションにはならない。

僕のことを、楽するためだけに遣わない人に対してはどれだけも優しくなれるのだが、こういう人間関係ってほとんど無いよな。いっぱいしてくれる人にはもっと過剰に返すのだが。

なるほど、だから記念日とか誕生日みたいな概念があるのか。

日常でできる人はそんな瞬間が要らない。

なんだっけ。

時間切れでここまで。

おやすみなさい。

良い夢を。

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