主観のあはれ

22:20から。

満月さんが生活リズムの改善を本格的に試みている。

お弁当箱を買って、僕が作った料理を持って行って、夜早く寝るようにして、朝チョコザップとか。

素晴らしい。

本日のメニューは美味しいけど、書きたいことでは無いから省略。

もっとも早い生活改善は転職だと思っている。

きちんと日中生活できる仕事時間帯では無いから。不安定だし長いし遅いし。

ただ、そこが動かせないとなると、細々した調整が必要になる。

僕もコンビニでお昼おにぎりを買っているのは相当無駄だと思っているので、お弁当の導入は労力が増えても賛成。いや、実際そんなに増えない気がする。朝コンビニに寄る方が労力。

さておき。

お仕事。

昨日書いていたことの延長なのだが、店長の人生劇場って相当しんどいだろうなと観測している。エネルギーを吸われながら。

いや、たぶんコレが大多数の人の精神性だから、普通の人で良いんだろうけども。

店長が指示滅裂(造語)なのは職場で周知の事実だが、この余裕の無さがどこから来ているのか。

世界が自分視点しか無いのは、まぁそうだろう。

究極的には誰しも自分視点しかなく、世界はバーチャルだという話を見た。面白かったが、ほんとうは、もっと多層だと思う。

そうじゃなくて、店長の時間感覚って事後寄りでちょっと過去を見ているから、指示も行動も変なことになっているという解釈。

自分のミスって、ちょっと未来から見ればいくらでも粗を探せる。

例えば、どこかに忘れ物してきたとか、今の冷静な状況から見れば、忙しくて余裕が無かった自分の落ち度がありありと見えるとか。

もっとできたよねみたいな世界で生きている人なのだろうなと。

これ、当人そうとうしんどいと思う。過去を反省とか回顧しているのではなく、常に過去の自分から追い立てられている。

だから、部下の所作も、ちょっと過去のできなかった人で見るもんで、指示の時間がズレる。

それに加えて、その時の店長はできている自分で見ているから、自分ができなかったときと部下ができなかったときで、同じミスでも現象の捉え方が違う。

こんな上司、部下からするとエナジードレインでしかない。

僕は自分の世界に留まるしかできない人なんだろうなと好意的に解釈するが、普通の人は、自分のミスと他人のミスの扱いが違うよねとなる。棚上げ精神。

まぁ、この歪な世界観によって僕のエネルギーがどんどん吸われているのは確か。

僕のエネルギー量が膨大なもんでなんとかなっているが、普通の人は店長が支配している場で働くことはなかなかできないと思われる。

上司としての✖印の9割くらいやっている人。

上司として✖な人はきっとプライベートでも✖なことをやっている。

知らんけど、きちんと切り替えられる人だったら、未だに延々と残業しているはずがない。

でも、それで人生劇場満足だったら、知ったことでは無い。

巻き込まれる理由が無い。あるとすれば、余裕があるこちら側が付き合ってあげているだけ。

僕に余裕があり過ぎる問題なのか?

まだまだいけるのか?

僕は、自分の余裕の上限をまだ把握していない。

やれやれ。

ちょっと下世話な項目。

芥川龍之介さんの「藪の中」で、犯人とされる人が、被害者である女性を「手に入れた」という表現がある。これって穴を通したということなのだろうけど、これで女体を所有したという気分がちゃんちゃらオカシイよなと思う。

この後に、「妻にしたい」という言葉もでてきて、この表現だと自分で責任を取れる対象なのかとなる。女性作家だと、どういう表現になるのか。「美味しいコーヒーの淹れ方」シリーズが面白かった気がするが、女性作家のまぐわい表現は結構理想的。

いったいなんの話だ。

いや、性欲ってなんで「劣情」と評価されるのだろうという疑問からの想起。

何に対して劣っているかわからん。

「優情」という言葉は今のところないし、理性より劣っているという評価なのだろうか。

公共空間で現実化してはいけないことなのは確かだが、劣っている訳でもないような。

むしろ健全。

という感じのことを割と常々、頭の中でお散歩している。

へい。

ここまで。

おやすみなさい。

夢で逢えますように。

へいへい。

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