22:52から。
お仕事。
店長から暴言を吐かれる。なんて日だ。
指示したことやらないなから帰れよ、と。
ただ、このお仕事場、営業だから別に完全な上下ヒエラルキーで成り立っておらず、上司の指示と、成果報酬が連動していない。おそらく本社の方針としては、スタッフに指示してごりごり成果を出していくのではなく、店長の役割は、店舗運営を調整して店舗で成果を出せるようにバランスを取ることであって、スタッフに暴言を吐くことは許されておらず、なんなら給料分店長が泥臭いことをしろよということだと思っている。
店長から見ればたしかに僕は成果に傾注していないし、やる気が無いとかサボっていると思われても仕方ない。この感情的な暴言に対して、感情で返してもエネルギー消費が激しいからやらないだけ。この衝突、仕事上何も生産しない。
犬型新人は、僕の実際の心のダメージ量とは別に、自分事として、こんな暴言を吐かれる硯を見て当人の心が痛くなっちゃうとのこと。たしかに、店長が犬型新人に本日の暴言を吐いていたら、心が痛くなるというか、流石に反論するような気がする。
この辺りの塩梅が店長は上手い。
表現をコントロールするくらいの頭の良さがある人というのが前提。
事務先生と満月さんはおおむね同じ方向で、僕が返さないから、店長が言いたい放題になっているという解釈。たしかにここにも一理ある。僕がちゃんと自分を守る方向で発言すれば、てんちょー(あだ名変えよう)も、暴言は節制しないとやばい奴だなと思いそう。
ただ、僕が仕事場においてもっとも気にする優先順位が高いのは、自分のことを守るでは無いし、誰から尊敬されたいでもなく、あくまで場がどれだけ円滑になるのかというある意味他人事な領域。このために自分がどう振る舞うかみたいなところ。
自分がトップだったら、真っ先に泥を被るのがもっとも円滑だと思うし、まずはスタッフと人間的に仲良くなる給料外の方向に傾注するだろうし。
ここの方向性がてんちょーとズレているから、話が通じないと思っている。
てんちょーの人生のものさしは、損(刹那的なロス)をしたくない。僕はそれを別に損と思わない。どうでも良い。僕が割を食えば、きちんとした人は動いてくれるし、そういうきちんとした人だけ大事に育てていけば良いのではって。
僕の方が、お仕事上の世界で事務先生も犬型新人もロマンスおじいちゃんも上手く扱えると思っている。全員能力あるのに、ポテンシャルを使い切れていない。ロマンスおじいちゃんがいちばんもったいない。仕事の範疇でどこまで頼んで良いのかはわからないけども、その上限まで行っていない。もっと人間として扱ってあげなきゃって。
で、ちょっと心理学。
関係してはいけない人格三選というのを見た。
サイコパス、ナルシスト、マキャベリスト。
気になる人は、ブラウザで調べたら出てくるから見てみればいい。
僕の日記は情報発信ではないので、調べて分かることは調べて下さい。
総括、自己本位の人格だから付き合ってはいけないというニュアンスだが、僕の読解だと、普通の人もこの要素を持っているから、ほんとうにこの類型にあてはまる典型なんてないさそうなと感じた。
要は、極論として人格的に問題がある類型(犯罪者とか)に無理矢理名前を付けただけなような感じ。
承認欲求なんて誰にでもあるし、ここに名前を付けたところでなんなのって。
僕は目的を持たないサイコパスだと自認しているが、別に全く共感能力が無い訳でもない。
変なマナー的な世界では共感できないだけ。誰かが亡くなった葬儀で、皆が悲しんで居るときに泣けないとかが典型だが、「誰かが欠けて悲しくて泣ける」という感覚自体がマナーというか道徳。
僕は、その亡くなった人が苦しい延命が終わって楽になったなとか、故人は僕が悲しくなって欲しかったのかと考えて、純粋に自分の世界では泣けない。これがサイコパスの本質だと思う。ここに、自己が搭載されると変なことになるのだが、僕は特に自己を定義していないから、問題無い。
この類型で言うと、てんちょーは、マキャベリストになりたかったナルシストの亜種みたいな感じがある。
マキャベリストはざっくり自分の都合の良いよいに場を支配する人格とのことだが、お仕事場の管理職としては絶対必要な人格だと思う。私生活でやったら友達が居なくなるが、広く浅―く繋がって居る普通の人達って普通にそういう感覚なような(偏見か?)。
成果を出すために、スタッフを都合良くコントロールするって当たり前のスキルなような。
でも、営業職の人ってだいたいナルシストだから、どんな物事も自分の話にしたくなる。
ナルシストの人格は、どんなことも自分事にしないと座りが悪い。
何かをするとかしないとかの理由が他人事なのがその傾向だと思っている。要は自分のせいではなくて、流されましたから、自分の責任ではありませんみたいな。
ナルシストの人と付き合うなって、だいたいの人、ナルシスト成分が配合されているに違いない。SNSにもいっぱいる。僕が実感として理解できないのが、表現したいことを現わしているのに、なんでフォロワーが励みになるだろうという矛盾。お仕事としてフォロー数が成果報酬になるなら分かる。
僕はサイコパスなもんで、誰かから承認されることによって行動がブーストされるという感覚が無い。何故世界がからブーストされないといけないのか。
やれやれ。
こんな話別に書きたくない。
もっとどうでも良い話を重点としたい。
どうでも良い読書話。
芥川龍之介さんはとりあえず終えて、川端康成さんの「雪国」の読み返し。
小説に季節感は関係ありません。
川端さん、めっちゃ美文家。
トンネルを抜けたら雪国だったっていう冒頭は有名だが、これが有名になっているのは、全
文読んだ人が喧伝しているからなはず。
僕はこの次の。「夜の底が白い」という表現が大好物。
言葉としては矛盾しているが、表現としていっぱい余裕があるし、単に眺めていて綺麗。
最後。
物理法則の流れって、重力上、上から下へということになるけども、人間の精神って逆で、余裕が無い下の人から余白がある人に念というか呪詛みたいなものが流れるから、自然(物理)的な存在ではないな、と。
へい、
ここまで。
良い夢を。
おやすみなさい。