美学と汚学

22:44から。

ど眠い。

お仕事。

ちょっと地を出してきた気がする。

独特だから、どこまで出すのかを気にしている。

ミスとかは誰でもあるからどうでも良い。僕はそういう意味で自分に奔放だから、他人のミスも別に笑わない。あえてしないとかのサボりには案外嫌味なのだが、あんまり発動する

お仕事上のシステムとしては、雑談によってお互いの案件を把握して、ミスが起こらないようにするようにしたら良いと思うのだが、メンバーの個々に凄く察する能力が要るだろうなと思って、無理かもしれないという危惧。

僕のミスをカバーしてくれるのは今のところ犬型新人しかいない。

と思っている。犬型新人が休みの日に僕の案件に噛んでくれていたら上手くやってくれるなと。てんちょーでも事務先生でも無く。

僕は、メンバーのミスをなるべく補填できたらなって思っているのだが、てんちょーと事務先生は、ちょっと世界で生きている。

当人の人生における美学なのだろうな。

本日、事務先生から、保安上の指摘をされた。保安上のことなのであんまり細かく書けないのだが、見映えでしかない指摘で、そこに合理性を全く感じなかった。いや、たしかに見映え大事だけど、だからなんなの? ほんとに保安を気にするなら、もっとも大事なことを放置しているじゃんって。そもそもなんでそれがされていないかが分からない。

という感じで、別に美学の話はそれぞれだから良いのだが、それを誰かにルール付けするためには、合理的な納得か、上が正しいという押し付けか、これは常識なんだよっていう空気の醸成が必要。

そういうのをやらないてんちょーと事務先生。

美学で生きるのであれば、他人に期待するなよと。

悪口ではなくて辛口。

事務先生はてんちょーに比べればまだまともだけど、犬型新人の話を聞いていると、だいぶ当人の美学で生きている感じがある。たしかに、語彙というか言い回しが汚い。僕にも言葉が汚い。言葉自体は丁寧なのだが、その奥に、僕が悪いんのよみたいな底意地の悪さがどうしても読めてしまう。

事務先生はてんちょーのことが嫌いだし、てんちょーも事務先生のことが嫌い。

だから、あえて発話量増やす茶番をやって仕事連携が取れていない。

てんちょーも事務先生も僕のことをあんまり好いて居ないと読める。

僕が割と大人しくしてもこれなのだから、地を出したらもっと嫌われると思われる。

なにせ美学が違うから。

犬型新人とは、お互い公私混同できるくらいの余裕を持ちよっているから、お互いの仕事に対して深刻に捉えていないというか、変な話、ちょっと仕事を茶番劇場と捉えている感じ。

マナーとしては良くないことだし、それは弁えた上での茶番ができる人としかこれはできない。

要は、場が人格と繋がって居るかどうか。

仕事上の経験が何も生かせない領域になったとき、そこにしり込みするのか、探検していけるか。散策大好き人間。

てんちょーと事務先生は僕の仕事の奔放さに着いてこれないもんで、勝手に本社方針のペーパーレスをやっていく。僕が流す立場になれれば、どれだけでも放流できるし。なにせ、源泉が枯渇することは一生無さげ。インプット(読書)が無い人生では過ごせない。

マナーは大事。これが社会的に生きるための必修項目だから。

ただ、これと当人の人格を連動させてしまうと、変に正義人間になる。

ショッピングモールで一方通行禁止おじさんとか、言葉は正しく使えおじさんとか。

男性脳の方が正しさを信じるみたいだから、おじさんと評しているだけで、女性でもせっせと正しさを収集している人も居ると思う。

このご時世、ダブルスタンダードは当たり前。もはやトリプルとかクワイテットもあるかもしれない。基準がどれだけブレても良い。ただ、その基準のブレを、自分を守るために操作する人は個人的にアウト。

読み散らかしの話もしたかったのだが、冒頭に書いた通り脳がど眠いのでここまで。

おやすみなさい。

良い夢を。

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