主観と客観

22:47から。

満月さんから、もう仕事の話を書くな、私が作った料理の食レポを書けという指令があった。

たしかに、満月さんが作った料理はとても美味しい。

レポートというかどういう世界観で作ったのかというのも描けるような気がしないでもない。

ただ、僕は静止画が趣味ではなく身動きが趣味なもんで、動的ないまをスケッチしたいんだよな。

お仕事。

僕の仕事振りが抜け作過ぎて、やべぇ、余裕無くなっているというのが第一印象。

あんぽんたんだと自覚しているのだが、普通だとこんなこと抜かさないよなという初歩的なところが抜けていた。仕事時間で酔っぱらいみたいな記憶の断絶。

それでもなんとか回る世界。色んな人が助けてくれた。

てんちょーの助けは皆無だったが、事務先生とか犬型新人とか、もっともどっしり助けてくれたのがロマンスおじいちゃん。僕も一緒の仕事時間の時は細々と気にしているのだが、感情の安定感が素晴らしい。精神性が近いからか、勝手に仲良しだと思っている。笑

持ちつもたれつ。

ここで、自分の第二印象。

むしろちゃんとちょっと抜けているのが自分の地だよな。押さえる最低限はやりつつ、他はだいたい抜けていても、そんなに嫌われない。

周りの完璧主義の人にはなんでこいつ人に好かれているんだって思われそうだが、そういう感じが地。おそらく無意識レーダーで致命的に嫌われることは避けていると思われるが、メカニズムは不明。

ほんとに大事だったら、きっとやっている、はず。

というくらいには自己肯定感がある。

いや、そもそも自己肯定感の世界で生きていないか。

ほんとうに場に必要だったらという意味合い。

皆余裕が無く抜けぼー。

やれやれ。

店長を人間として捉えない試み。

事務先生は武闘派だから、そろそろ硯さんてんちょーにブチギレたら良いのではと言う。

たしかに、この世界線もありだと思う。僕の歴史上ブチキレたことは一回しかない。激昂して物に当たり散らすみたいことはしなくて、普段滑舌まったりなのに、ほんとうに怒った自分の滑舌の良さに我ながらびっくりした。

自分が怒っているのではなく、ほんとに相手に怒ったらそうなる。

僕は怒りたくないもんで、これは二度と発動したくない。

誰も発動させるなよ。いや、子育てをするようになったら、刻印としてやるとは思う。

なんで怒られているか理解できているのか、お前を守る為だよという怒り。

子育てする人って相手が自分の言い分を聞かないから怒気の雰囲気でやるしかないってなっているみたいだけども、その怒気は、子供からしたら、合わせないといけない相手だよなと思われている。少なくとも、僕が子供の時分はそう世界を捉えていた。

今想うと、別に安全は守ってくれなかった気がする。

要は、一般的な大人ってそんなもん。

自分のことしか世界に居ない、天動説みたいな精神性。

店長の言い分というか、世界観が雑い。

犬型新人と雑談した際。てんちょーの世界を気遣って早く帰れない。

僕もそっち系だから帰れなかったのだが、てんちょーを人間として捉えないんだったら、勝手に定時で帰る世界観を創っても良いなと。

これを待望しているとのこと。

結果で示さないと、仕事が残業になるというのはあくまでてんちょーの世界であって、そこに付き合う理由がない。

全然地だと現わせる世界だから、てんちょーが居ても楽しめる仕事時間を創作しないとなとう感じ。

最後。

「客観」という言葉を遣う人ほど、主観で生きてるという説。

てんちょーは頻繁に、「客観的に捉えたら」というフレーズを遣う。

でも、結局主観だから、てんちょーの世界観に合わすために、言葉を気遣わないといけない。

刹那の成果しか求めていない上司に、これは種を蒔いて未來の成果を耕しているんですよって言ったところで、生きている時間が違うから、話が通じない。

それで、結局なんなのてって簡潔な報告を求めらるのだが、話が未来になると、どれだけ詳細に報告しても、次の日には忘れられて、何回も同じことを言わないといけない。

このループで生きる世界はつまらない。

へい、ここまで。

良い夢を。

おやすみなさい。

PAGE TOP