人生暇なし

22:24から。

時系列で。

朝。ふと、「不食」が気になった。

あんまり一般的な観念ではない、スピリチュアル系。

人間、食べても食べなくても生きているという、ヴィーガンさらに突き詰めた考え方というか実践。

食べなきゃ生きていけないという、生存の為に食べなきゃいけないという言い訳を排除してしまうから、これが流通すると、食品産業が壊滅的なことになるから、ジャンル自体がアンダーグラウンドに追いやられているのだろうな、という解釈。

個人的には、食べても食べなくてもという「気分」みたいな捉え方が好き。

霞とお神酒と草で生きられても良いなら、それが楽しそう。

まぁ、あまりに常識外れだから、どれだけ流通しても、とんでもスピリチュアルジャンルになりそう。

これを前置きにして、お仕事。

本日のてんちょーは割と上機嫌。

前日に犬型新人と打ち合わせして、暴言モードに入らないようにコントロールしたのが功を奏したのかはわからない。

犬型新人はもっと元気で、なかなかの騒がしさだった。

占いに行くのが楽しみとのこと。何処に行くか聞いたから、ちょっと興味を持ちだした満月さんに共有せねば。

てんちょーは、占いなんて信じる人はやべーと偏見満載で、犬型新人の気分を萎えさせるような話し振りをする。まぁ、犬型新人はそんなことではなんのそのというか、聞く耳を持たない人のことを気にしない。凄いのが、聞く耳を持ってない人にも容赦なく喋るところ。この姿勢、見倣ったらもっと自由になれるかもと思った。

で、てんちょーの偏見の話。

この人は、なんというか、あくまで最大公約数的な常識というか「現実とされている観念」を正しいものしているだが、これこそ、共同スピリチュアル的なのではという説。

いや、変な話、現実とされている環境も諸々の技術の発展で、当たり前がちょっと時間が移れば次の当たり前に更新される世界に生きている「いま」、どこを当たり前にするのかは当人のお好みだと思う。

動かさない世界を当たり前にするのか、次の当たり前に移るか。

世界(当人が常識とする世界)を当たり前にするのであれば、経年してきて、どれだけ更新されてきたかは、歴史を顧みれば当たり前。例えば、携帯電話の通話料がLINEの導入でタダになったとか、地デジとかchatGさんとか、枚挙にいとまがない。

だから、占いとかスピリチュアル系を否定するのは、食わず嫌いみたいな話だろうな、と。

たしかに、てんちょー、本社から下りて来た新しい案件、あんまりできない。

僕にとって新規は散策だから、特に不安も恐れも無くできるのだが、指揮者(リーダー)であるてんちょーが新しいことに不安まみれだから、その不安にまみれてお仕事しないといけない。

そんな仕事したくないのよ。

不安を原動力にしないと身動きできなくなる人違う。

なんで職場にプレッシャーをかけてお仕事させないといけないのか。

当人がプレッシャーでしか動けないから。

別に人生に迷子になっていない。いや、厳密に言えば自発的迷子だから、あえて占い師さんに道を聞く気は無いのだが、ちゃんと職業で占い師をやっている人がどういう世界を観ているのかということが気になるから、話を聞いてみたい、だけ。

僕が占われたとして、その結果に対して、へいへいとしか感じない。笑

馬鹿にしているのではなくて、参考にできる部分があれば採り入れるけども、自分の人生、選ぶのはあくまで自分にしないともったいないという説。

色んな考えた方が世界に受け入れられてきて、当人の人格が問われる社会になってきた。

コレが多様性の醍醐味なのか。

職場のパワーバランスもなんだかズレてきている。

てんちょーが僕に教えを乞うみたいなことは当人のプライド的には無理だったはずなのだが、僕も店長を職場に居る1人のスタッフという認識にしてみているから、もちつもたれるになりつつある。

オカルトなのかスピリチュアルなのか、世界は自分の投影だっていう観念がとても好き。

何が起こっても自分が無意識で選んでいるみたいな説。

この考え方だと理不尽の範囲が狭まる。

僕が不機嫌になるような事象は、僕がそれを決めていると考えれば、特定の誰かのせいにしなくて良い。

という世界観が好ましい。

この考え方って、別に自分のせいが全てでもない。

自意識では無くて、無意識の取捨選択のせい。

やれやれ。

帰り際。

満月さんが美味しいご飯を作ってくれるとのことで、ちょっと余裕ができて、本屋に寄ってきた。実際美味しかった。

こういうイレギュラーが休日では無く日常にできるのが余裕なんだろうな。

この余裕での身動きが本人の人格。

義務で動くなんて当たり前、休日で身動きできる、しないのも当たり前、イレギュラーのときに人の本質が出る。イレギュラーを回避したいなら、バーチャルの世界で生きるしかない。

で、結局不食の本は近所の本屋さなんになくて。

買ったのは芥川龍之介さんの羅生門とかと、管理栄養士の人が書いた「疲れない食事」の本。

最新の栄養学っぽいのだが、個人的にあんまり深い情報では無いなと思ってしまった。

いや、こちとら食べなくても生きている人が存在しているという情報を持っているから、三食きちん食べるとか、もう遅いのではとか。

身体に良いこと、存在に良いことは違うのかな。

これも占いみたいなもののような。

お弁当として、コンビニおにぎり3個買っているのだが、おにぎり一個にしてみようか。

これなら、人との関わりではないからすぐできる。

こうやって従来の自分を更新していかないと、ただ漫然と暇つぶしをしているだけの人生になる。僕はそんな人生に付き合えるつもりが無い。

そんなに暇を潰せる項目が無いもんで。

「不食」の人は食事を暇つぶしだと言うらしい。

たしかに。

僕、そんなに暇じゃないんだよな。

知らんけど。

へい。

ここまで。

おやすみなさい。

良い夢を。

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