22:48から。
職場のパワーバランスが崩れてきていて面白い。
犬型新人は不安が無ければ売り頭。今月売上が爆裂していて、皆びっくりしているが、ポテンシャル的は全然ありうる。調子が良かっただけでは無いと思う。買うかどうかを人で判断できる人間にはてんちょーより強い。
彼女の給料、今月はちょっと上がるだろうな、良いこと。
てんちょーは、場の中で一番上であるという立場を辞めた方が場を循環できるのではと学習が起ったかもしれない。あんまり強い締め付けが無くなってきた。僕が特に犬型新人に指示して無くても、お互い勝手に補充しているもんで、そういう関係性もありなのかと思った、とまではきっと言語化できていない。
僕が犬型新人の売上に嫉妬せずにのほほんとしながら、それでも彼女のフォローができる姿が、彼の世界観としてバグだと思う。
事務先生も、なんだかんだ、裏の支配者みたいな姿勢だったけども、なんだかんだ僕の方が本社の意向を汲んで実践しているもんで、事務情報の蓄積が無い世界になってきて、その立場が揺らいでいる。「私、実践はしていないから」と、予防線を張らないといけない。
僕は、職場でも散策しているから、開拓とか本社からの新規の意向にも特に抵抗が無い。
楽しければ、楽になれば良いという価値観だから、淡々と実践が積み重なっている。
そうこうして、新しい職場の意向に最も適応しているのが僕になった。
店長にも事務先生にも教える立場。こんなの給料外だろうと想うような人はこんな場所に辿り着かない。
この立場、とても楽しい。情報(経験)なんてどれだけでも垂れ流しできる。
視界が制限されなくて快適。色んなことを見ても良い。
僕が売上に傾注すれば、というか視野狭窄すれば、もうちょっと個人の成果は上がる気がする。ただ、僕はそういう風にはどうしようもなく生きられない。そんな狭い世界がつまらないというか、どうしても場に居る人を気にしてしまうもんで、蔑ろにはできない。
友達いっぱいいる人が精神的に大変にならないのは、よほど時間に余裕があるのか、誰に対しても同じ自分で居られる(要は他人と個別的な関係を気にしない)人なのか。
なんかどうでも良いこと書いたな。
面白いのが、僕とてんちょーの関係性。
せっぱつまって、僕にしか教われない状況になった。
僕はふつーにてんちょーの案件のことも気にしているし、情報を流すことに対してマウントを取る気もないから、ちゃんと先生になって教える。
素直に教わるてんちょー。
その後、変に店長の立場からのマウント指示ができなくなるてんちょー。
立場がバグっていて可愛らしい。
僕の場の支配は、僕が頂点に立ってコントロールしたい訳では無い。
ただ情報は垂れ流せば良いし、行動も自分の為だけには行われない場。
上層部が本社の意向に着いて来られなくなったもんで、割と僕が想っている場になってきた感。単なる1スタッフの立場なのに、上層部も含め、全員に心配できるようになっている。
誰かを悪者にして笑うトークの場には参加しない。
僕の人生劇場、悪者を排除したら楽になるストーリーでもないし。
給料がどうかとか、転職する際の実績みたいな自分の今後を守るような姿勢で生きてないから、裏てんちょーみたいな立場が楽しい。
自分は守らなくても良いのだが、僕は色々配慮しちゃうもんで、これに依存して僕が自然に気遣ってやっていることが当たり前になっちゃう自分しか登場していない劇場の人はバイバイしないといけないかもしれない。
僕に何をしてくれるのかより、僕の人生劇場を一緒に過ごしてくれそうかが大事。
やれやれ。
芥川龍之介さんの「鼻」を読んだ。
これがなんの比喩なのかと考えるのは楽しい。自尊心なのか、風評なのか、読んだ人の解釈によりけり。
この、書き手しての正解を述べずに解釈を読者に委ねる感じが、読み手を選ぶのだろうな。
個人的には、「火の鳥」ぽい。
へい、ここまで。
おやすみなさい。
良い夢を。