22:10から。
イライラしている人の側にいるとIQ下がる。
ここから壮大な話にもっていきたいのだが、筆が付いて来られるか。
お仕事。
本日は事務先生と2人。
てんちょーから重めの案件(結論、5時間くらいかかった模様)をあてがわれて、私、今日他の仕事できないからと、イライラしていた。
でも、変な話、そんな長時間作業できるということは、普段の仕事も結構作業なのだと思う。
もっと変な話、あえて作業寄りの職位に自分で移行したのに、作業がしんどいって意味が分からない。
そういう意味でのイライラって、なんなのだろうな。
押し付けられた訳でも無いのに、押しつけられたと思って怒っている。
色んなことができる事務先生だけど、自分から何かするということができない。
別に、この人が悪いとか良いとかではないけれど、正直に述べるのであれば、きちんと嫌い。
一緒に過ごしていて、特に生産性が無いから。まぁ慎ましい女子の精神性であるという意味ならちょっと良いかもしれないが、乙女なのに、先輩を押し付ける感じがとんとアンバランス。その歪さに、下が大変になる。
なんで仕事が一定にできないの? って。
僕と犬型新人の方がよほど仕事に一定のものを持って来ている。
事務先生はてんちょーのことを敵視しているけども、同種だからナワバリバトルが起って、敵認定になるんだよな。まずもって、自分が小さい世界しか見ていないことを認めないといけない。
この好き嫌いは、僕のIQが落ちるということ。
IQが落ちるというと変な話だが、もうちょっと細かく書くと。
イライラしている人って、態度が悪いとか、口が悪いとかではなく、当人の中で世界が点になっている。一次元。もう、世界の事情なんて何も見えない。僕はそういう波長に付き合っちゃうもんで、どうでも良い話ができなくなる。次元が低い人に、僕の身動きは表現できない。
最近4次元を解説した子供が話題になっている僕のYouTubeのごく一部界隈。
曰く、ある次元の存在は、一次元下がったところしか認識できないとのこと。
人間は一般的に三次元だから、物事は2次元的にしか把握できないのは分かる。
三次元に見えるのは両目があるから。
この解説動画を見ていないけども、要は、人の認識の変数がどれだけあるのかと解釈する。
三次元的な把握だと、時間を度外視した相手と自分の位置関係しかないから、なんだか自分の方が優位な気分になる(お互いに)。若者から馬鹿にされるとか。
そこに時間の変数が加われば、自分が時間的に拙かったことも自分の存在として認識できるから、人に対して怒れなくなる。だって、今怒ろうとしている相手は、過去の自分だし、なんなら時々そういう気分になっている自分かもしれない。
この人間性は面白い。
次元を抽象化していくと、僕に怒る人って、自分に怒っているように見受けられる。
僕も、誰かに怒りの感情が起ったときにそう考えるようにしている。
結局、巻き込まれた自分がよろしくない。
人間が三次元世界で生きているという認識の人は、人のことを二次元の情報でしか捉えられないということ。
例えば、SNSの自己紹介の文字情報をその人の存在だと認識してしまう感じ。
僕も読み物大好きだからSNSに書かれた文章も読むのだが、SNSで書かれている人物譚って、おそらく当人がそう在りたい理想っぽい誇張表現も含まれている。神話と一緒で、当然当人にとって都合が悪いことは叙述されないし。
やれやれ。
まだまだインプットがある。
どこから収集しているかというと、kindle読み放題とか、YouTubeとか。
自分が観測者にしかなれないコンテンツに、今のところ時間をかける時間が無い。
映画とかも好きなのだが、これを観られるのはさらにちょっとあとの余生だと思う。
いま、映画で余暇を消費するような退屈ではないもんで。
Kindle読み放題の苫米地英人さんが書いた、頭が良くなる方法論が面白い。
曰く、認識の死角(スコトーマ)を解消すること。
固定観念をぶっ壊さないと、頭が良くなれない。
言い方は偏見でもなんでも良いけれど、いまの自分に不具合を感じているのであれば、自分の存在を疑ってみるしか、自分がいま生きて良いということを確証できない。
僕はもはやどこで1人で生きても大丈夫な感じ。
明日は早起きして、満月さんのチョコザップに付き合う。
今に生きている人がだいたい人でなしという話もしたかったんだった。
個人主義と言いながら、利己主義な人が多すぎる。
僕、利己主義の人とは付き合えない。世界の中心が自分であるんは良いけれど、利己主義の人は他者に配れない。そんな人に僕が配ったところで、ポケットティッシュみたいな価値しかないし。
利己主義と個人主義の違いはまた明日。
まとまった文章を書かないと、僕の世界がインプット偏重になるだけ。
この文章を読んだところで、特に生身の僕には届かない。
やべ、寝ないと。
おやすみなさい。
良い夢を。