どこで生きるか

」」

20:48から。

職場で見る個人主義。

本日は休日出勤。

フル出勤の7割くらいの時間を過ごしてしまったため、トータル7連勤の世界になった。

あと5連勤。

別に、こんなことはどうでも良い。

僕は、しなければいけないから出勤した訳では無く、この調整、職場で僕しか無理だよなという意味合い。このエネルギーだと、あんまり疲れない。

てんちょーも事務先生も頼りにできないもんで、せっせとお客様と提供元の会社の間に入って調整する。

この、職場における下から見て上が頼りにならないというのは、割と今後の企業の人事というか、職場体制で問題になりそうな。

休日出勤なのに、容赦無くやろうとした仕事外で、ロマンスおじいちゃんやら犬型新人やらから質問がやってくる。別に煩わしいとは全然思っていないのだが、要は、上層部(我が店舗で言うところのてんちょーと事務先生)の教育力の欠如が全て。下へ情報(経験)を上手く流せない。

もう10日後に資格試験が控えているのに、休日出勤するなんて、客観的に観測すると頭がオカシイ。どんだけ給料外で仕事しているんだと(いやちゃんと時間外申請はしました)。

苫米地英人さんの「頭を良くする本」の中にちょうど、今受けようとしている資格(宅地建物取引主任者)の話が出てきて、これを取ったらより職場の奴隷になるみたいな意識があるとやりたく無くなるよねという感じの叙述があり、たしかにと納得してしまう。

僕はやりたい方面というか、やろうとする方面の知識みたいなことは、きちんと習得する。

てんちょーより先生になっている方面もある。かといって、だからてんちょーが僕より下だとは思っていない。比べたらキリがないから。そんなことより自分で見動いた方が良い。

どうでも良い話を挟みたい。

閑話休題。

本日4時頃に帰ってきて、ビールを断続的に飲んでいる。

アルコールを飲んだら頭が回らなくなるというのは、僕に限り嘘。

僕の最推しメーカーはキリン。一番搾りが至上なのだが、諸々ニュアンスが変わった紳士雨品を出してくれる遊び心が好き。最新のオレンジ色は地ビール味があって、人を選ぶだろうけど、ある層は突きそう。

地ビールは、おそらく精製の時間が短いから、ホップの苦味が強い。

いや、そもそもアルコール自体が人を選ぶんだけど。

さっきコンビニに一緒にいってきて、装丁が雅だもんで買ってきた、エビスの「和奏(わかな)」。何処の映えを狙っているんだという完成度。エビスビールは贅沢品だもんで、いつも飲むと重い。時々良い感じのタイミングで呑む物。よなよなエールと同じ。

ここのどうでも良い下り、ビール好きにしか通じないだろうし、ビール好きだとしても、ここまでオタクは居ないと思う。あくまでアルコールは酔う為の手段だという人にも通じない。

大人の炭酸ジュース。

かといって、この話をして盛り上がりたいなという気分もない。

別に誰かと盛り上がる為に晩酌している訳でも無し。

ともあれ。

僕がせっせとこのお仕事で知識とか人脈を取集したこの3年くらいに、上層部が何を学んできたのか、何もないように見受けられる。過去を消費して仕事しているから、部下に平気でイライラできるのだよな。

犬型新人は20代前半の若者なのだが、この若者にバレるくらいに上層部がヤバイ。

単純に言えば、上層部の2人、常態では指示したりなんだか上司っぽく振る舞うのだが、イレギュラーの肝心な時に、逃げる。上司として盾にも矛にもなってくれない。

この仕事振りなんなの。

僕と犬型新人の共通見解なのだが、職位上権限があるからその事務処理をするのに、その事務処理について煩わしいという態度を出すのがおかし過ぎる。だったらこっちに権限を委譲してくれたら勝手にやりますわって。気分悪そうな上司を通して仕事しなきゃいけないフローが無駄でしんどい。

仕事上の心労が無駄という立ち位置。

もちろん、もともと気遣いがデフォルトで設定されている人にしか通じない。

満月さんはちょっとてんちょーにシンパシーを感じているみたいだが、満月さんの仕事振りを聞いていると全然違うから、同じ文脈で捉えない方が良い。もし、同じ感じだったら、人生に余裕が全然無い人になる。

一例。

てんちょーと犬型新人が2人で働いているとき、すんげぇ怒声があったらしい。

「ネガティブ発言うるせぇ」みたいな発言、満月さんに言ったら、てんちょーの気持ちを分かると言う。いやいや、てんちょーはネガティブ傾向で仕事しているから、部下にネガティブを怒れる謂れが無いもんで、満月さんの仕事の姿勢と全然違うから。やっているからネガティブ発言の部下を嗜めるのと、そもそも当人が消極的にしか生きて居ないからネガティブ発言を集めているのに、それでうるせぇと爆発する意味が分からないのは、全然違う。

犬型新人の、単純に音量が大きい声が苦手というのも分かる。

僕もずっと嫌だった実家の時。大きい声を出せば、相手のことをコントロールできると想える人はお子ちゃま。イマドキまだその世界観で人生を生きているのかいなって。

怒りでも然りでもなく、自分に不都合な世界を他責にしているから、大きな声が出せる。

子供を僕は肯定的な意味で書いている。僕もまだ子供。好奇心を満足させる完結が無いという意味。

お子ちゃまのまま大人になった人は、職場の人に平気で自分の気分のバイオリズムを表現できるのだろうなって。こんな人が職場の上層部になれる職場はやべぇです。

職場で不機嫌の気分を蒔き散らかせるって、公私混同が過ぎる。

なんで、それができるかワカラナイ。僕が社長になったと想定して、こういう仕事をする人はどれだけ能力あっても要らないかなって思う。

僕はもっとこじんまりした人間ぽい仕事で生きた方が良いような。

対価で生きる世界が居心地悪い。

やれやれ。

ここから本題なのだが、どこまで書けるかワカラナイ。

スピリチュアル界隈ではよく言われているのだが、価値観がそろそろ変わって来るとのこと。

僕は全く霊感も無いし、宇宙人とか引き寄せの法則もどうでも良い。

もう充分引き寄せている。

んでは無く、現実的な人の分断は起こっているなという感じ。

人間の定義って何だろう。

人間って本当はそんなに居ない説。

哲学を持って来て、だいたいの常識人は、ホッブスさんの万民の万民に対する闘争みたいな世界界を学習していると思う。嘘、僕もたまたま読んだだけで、普通の人はあんまり知らない。

でも、この本を知らなくても、こういう利己的な自己観が植え付けられている。

利己的な自己存在。

何を守っているのかよくワカラナイ。

これを前提としたら、多様性が寛容になるのは分かる。

世界を大目に見ようみたいな。

馬鹿か。

世界に対して寛容になるのではなく、自分の世界にメスを入れて世界に許容されない自分を問答する世界。分類が増えると、人を捉える時に、自己の経験外になる。

今日も細かい話は書けない模様。

おそらく書きたくない模様。

もう、利己主義の人は淘汰されるのだろうなーと勝手に感じているだけ。

へい、ここまで。

おやすみなさい。

良い夢を。

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