22:41から。
ゆっくりゴロゴロの休日。
にもかかわらず、あんまり回復した気がしない。
自己愛が足りないのかもしれない。自己愛とは、自分の時間と空間で生きること。
いや、何処でも自己愛になれれば問題無いし、やや寄ってきている気がする。
自分の人生劇場の主人公になれるのは自分でしかいないし、自分の機嫌は自分で取るしかない。余白があれば、勝手に世界に優しくなれる。
さておき。
僕は物語取集癖があるもんで、媒体問わず、色んな物語を集めている。
漫画、小説、ネット、実際の人。ただ集めているだけだから、自分にとって有利に扱うという感覚が無い。
村上さんみたいに小説用にデフォルメして、人から聞いた話を短編集にしても良いかもしれない。色んな人の、色んなことを聞いてきた。自身の物語もアレだが、僕はあんまり自分語りすることに欲求が無いもんで、過不足無く引き出しているだけ。
漫画の話。
サンデー系のアプリがキャンペーンをやっていて、諸々読み返した。
漫画って、それを読んだことがある人にしか知識が無いから、読んだことが無い人には面白しろさが分からない。個人的には漫画を通してこなかった人生ってどうなんだと思っているが、別に日本語の会話はできるし、別に漫画の良さを布教したい訳でも無いから、漫画を知らない人に漫画の話はしない。
僕は布教のメカニズムが良くワカラナイのだが、あれってなんなのだろう。
自分にとって良い物は相手にとっても良いものだって、決めつけ臭い。
もうちょっと仲良くなって、相手の嗜好を踏まえた上でのおすすめなら分かる。
これがスキならこれもイケるみたいな。
そういう意味のおすすめソムリエならできそうな。
面白いと思う漫画は無数にあるのだが、作者の名前まで気になる人はあんまり居ない。
どっちが良いでもないし、むしろ作者が度外視されて美味しく食べられる作品の方が完成度高いかもしれない。
もう脳のキャパが減ってきているというか、脳のキャパを何処に置くか選んでいるもんで、固有名詞情報が減っている。固有名詞はグーグル先生に聞けばすぐ教えてくれるから、いちいち記憶という意識に残す必要が無い。本当に必要だったら身体が覚えている。
満月さんは「バンビーノ」という漫画が好き。
僕も好きなのだが、作者さんの名前が気にならない。
結局のところ、作者の名前が気になるということは、近いところに居る人かどうかなのでは。
荒川さんの「銀の匙」、何回読んでも面白い。
主人公の八軒のお人好し具合が良く似ている。
本質が、割を喰う人生。
というか、割を喰うように人生を選択していく劇場。
もっと楽になれるような世界線はいっぱいあったはずだが、あえて胃がキリキリするような世界を生きている。
別に重ねているとか、共感して自分を慰撫しているのでは無くて、良く似た人生を生きているキャラが居るなというくらいな感じ。
逆に泣ける漫画の作者の名前は気にならない。
ハイキュー!!とかスラムダンクとか感動するけど、作者の名前を想い出せない。
あと、ワンピースのメリー号の葬儀も泣けた。
誰が書いたかを気にされないことの方が作者冥利に尽きそうな気がするのだが、どうだろう。作者としては誰が創ったのかを把握された方が嬉しいのだろうか。
ジャンプで言えば、富樫さんのことは流石に覚えている。癖強すぎだし、幽遊白書のアニメが良過ぎた。アンバランスなキスをしてーって当時の自分には意味が分からなくても情報として記憶されている。
年代に寄ってしか響かない話は特に書きたくないのだが、本日はそういう気分なもんで申し訳ない。
やれやれ。
ちょっと時間が押してきているもんでここまで。
どうやら、ここに書けないことを考えている量の方が多いらしい。
書けないことはデフォルメするしかないよな。
ここまで。
おやすみなさい。
良い夢を。