いずれも

21:59から。

満月さんが関西から帰ってきている。

551の豚まんを買ってきたというのを通話で聞いて、ふと、昨日の帰りの新幹線の匂いを想い出した。

ほんとうは在来線でちんたら帰る予定だったのだが、新大阪付近でぷらぷらして出発が遅くなり、連日のアルコールもたたってくたびれたため、新幹線で帰ることにした。

新幹線の自由席を買うと、だいたい連結部分で立つことになる人生なのだが、今回はたまたま出発駅が新大阪だったらしく、三人席の窓際に座れた。ゆっくりビールでも飲むか(まだ飲むのか)と思っていたら、若い女の子2人組が、隣に座ってきた。

若い女子(おなご)の隣でビールを飲むもどうかなと思い、大人しく寝ていたのだが、隣からふんわり中華の匂いがしてくる。551のシュウマイを食べていた。この匂いを肴にビールが飲めるなと思ったのだが、やめておいた。実際、やっても良かったと思うが、別に後悔は無い。

ついでに、僕が降りる駅は名古屋だったから、頭の中で「名古屋より先で降りるんだったら奥の席と交代しましょうか?」という声かけが響く。現実は女子の1人が発進するまでお花を摘みに行ったのか、霞を吸いに行ったのか、席を外していて、タイミングを逃してしまった。

まぁ、僕がビールを飲んでいれば、そういう世界線もあったかもしれない。

※別に若い女子と話したかった訳でも無い。なんならおっさん2人が乗ってきたほうがそういう話をしやすかったはず。話しかけて移動した方が効率良かったよなというだけ。

営業でいっぱい他人と話をしているので、プライベートでもほんとはできる。

やろうと思えば。あんまりやらないのは世界線を移動しまくっても仕方ないからなのか、なんなのか。

頭の中の声がうるさいのは、こいつら、過去と未来しか問題として無いから。

過去への後悔、未來への不安。

犬型新人も、僕に対する振る舞いがはっちゃけ過ぎて(タメ口過ぎて)良く無かったですかって聞いてくるのだが、僕に対してはそんな問答要らないなぁと思っている。

僕が犬型新人のタメ口に眉を顰める人間だったら、そもそも飲み会なぞない。

タメ口と敬語も面白いところで、年齢問わずタメ口で対等に話す人は、他人を見下していると認識される。たしかに、僕もぽんこつ女子からタメ口で話されたら、眉がぴくぴくする。この違いは、年功序列でしか敬語とタメ口を使い分けられない人が、そこを解除してタメ口にするところ。逆に上層部から敬語で話されたらおっ、となるのだが、そんな世界は無い。

僕は、年功序列関係無く基本敬語で、たまに親しみが漏れてタメ口になる感じ。

どちらにせよ相手のことを敬ってはいる。

ともかく。

本日のお仕事。

てんちょーとタイマンでお小言言われるかなぁーと思っていたのだが、お互い忙しくてそんなタイミングが無かったもんで、快調だった。

てんちょー僕がかいちょーであることを分析して欲しい。

僕がかいちょーになれるのは、頭の中の声が聞こえなくてお仕事ができるタイミング。

「いま」を生きているとき、頭の中に声は無い。

お客様の応対が「いま」だったから、変な声がやって来なかった。

お客様との一期一会が問題だから、この機会に没頭して仕事外のどうでも良い話で盛り上がる。これがこの業種上、良いかどうかはよく分からない。でも、ここで合わなくてもお客様とどうでも良い話ができるスキルがあれば、どこでもやっていけるに違いない。

お客様との関係性。

成果になった人から何かを貰うというのはありがちだと思うのだが、成果になっていない人からちょくちょくお詫びの品を貰う。別に正直要らないというか、そんなことする必要ないですなのだが、一方的にくれるもんで、いただくしかない。お酒好きだと話していないはずな人からワインをいただいたのは、何の世界線だろう。

ありがたいとは思う。いただきます。

ただ、何故だろうとは思う。

人って基本的に、貰った分しか返さない。

これが資本主義の価値観。社会的関係性がそういうものだと思っている人はとても多い。

これが、家族とか内輪になると、与えることが優しさみたいな話になる。

資本主義のルールでは無く、道徳律の話。

道徳律でも、資本主義の価値観の人は居る。

与えた分は返って来るのが然るべし、みたいな。満月さんも言葉というか意識ではそんな感じなのだが、それで返って来なくても文句言うだけということで、与え側の人間なのだなと解釈している。流石、お母様の系譜。

僕は明らかに与え側だから、色々配ってきた人生。

僕が嫌だったのはそれを当たり前とする人だけ。この時期は、僕は単なる優しい人だったかもしれない。

で、このお仕事で、良くワカラナイ返ってき方があるということは、僕の生き方間違っていない、となる。別に間違っていても良いのだが、楽しくないのがとんと困る。

楽しさとか救いを提供するって、資本主義の価値観とは別腹だから、この僕を食べた人は何か物体で返したいと思うのかも。

僕はもはや資本主義の価値観で生きていないから、何か物を貰って、食費とかアルコール費が節約できたみたいな感覚は無い。ただ、全然無関係の人から贈り物をいただくのは僕と同じ観念で生きている人も居るのだなという意味で、嬉しい。

僕が仕事外で垂れ流していることを汲み取って、返してくれる人。

いや、ちゃんと仕事はやってます。

僕がエゴを持って来て過ごして居ないのは、生まれ落ちた環境による。

自分で楽しく過ごす前に、支配者の気分を読まないといけない時代があったもんで。

別にこの感覚で生きた苦行が悪かったとは思わない。

このしんどさが今の僕の楽しさの糧になっているもんで。

で、最後に面白くない話。

てんちょーのお小言を受け入れないのは、てんちょーが僕の過去と未来しか見てないから。

発言が頭の中の雑音と一緒。エリア店長曰く、てんちょーは売れてきた人らしいけど、売れることしか問題にしていないから、スタッフ度外視なんだろうなと。

僕がお仕事したい環境は、全員がきちんとお仕事と自分を切り分けて、仕事を共有する感じ。

問題とすべきは過去失敗でも未来への目標とか不安でもなく、いまどうすべきかだと思われる。

いまを問題とすれば、誰かの過去の不手際とか未来でクレームが起こるかもという不安を言語化する必要が無い。だって、どちらもいまは起こっていないから。

てんちょーがどうのこうのでは無く、あくまで自分がどういう世界で生きるかを決めることなんだろうな。

決めるとういうのも語弊で、ほんとうは直感の話。

直感に理由は無いから、誰かに話すときは、物語になる。

ここまで、お休みなさい。

良い夢を。

PAGE TOP