14:31から。
3日分で文量が多いので、この時間から。
年末年始の長期休暇で暇を持て余しているしている人はどうぞ。
どれくらいの文字数で設定しようか。
2万文字くらい。無理かな。
1万くらいに設定しておこう。
なんて、こんなの体裁。
ほんとうは、書かずにはいられないだけ。
あくまで個人的な話だが、文章脳は生き続けるというところから最も低い位置にあるため、ちゃんと日常にその時間を確保していかないといけない。適度な酔いとお風呂読書みたいな適度な1人孤独時間。ここが僕の本領だと思うのだが、それほど社会的価値が無いのも自覚している。
文章脳の弊害は、情報量とか知見があくまで書いた時点のものだから、読む人にとっては僕が固定化されているというか、独りよがりのように観測されること。もちろん、毎回おなじようなことしか書かない人であれば、もうそれがその人の世界の重心で良いような気がする。言葉は世界をどう捉えているのかの鏡だから。
別に毎日やればそれだけでOKみたいな努力というか惰性の価値観では無いし、もはや息抜きでもないかもしれない。じゃあ何かというと、振る舞いの意識化くらいな感じ。良い天気だなぁと感じる心は言語化しなくても存在している。それをあえて言語化してみているくらい。発話では会話という前提があるから垂れ流せないため、日記形式で垂れ流している。
昔は僕の文章がどう誰かに波紋を起こすのかを観測するのにも興味があったけれど、今はよく分からない(接していない)人のことを気にする時間はあんまり無いかな。厳密には優先順位が低くなった。どうやって僕の記事を見つけたのだろうというのが気になるくらい。
さておき。
まずは2日前。
3日前の日記の「分岐」の投稿が次の日になったのは、帰って来たあとビールが切れて日本酒をがぶがぶ飲んでいたら、書き納めて貼る作業をする前に寝落ちしたから。ちゃんとベッドには行ったみたい。
起きたら10時くらい。休みの日でもここまで1息で眠続けたことは久々かも。
お酒が残って二日酔いというよりは、伴う食事が胃に溜って胃もたれ感。
レンタカーがやって来た。
説明してくれるお姉さん(女の子)が、ネイルバチバチ、まつげばさばさで、自己表現が職業まで浸透している時代だなと思った。別にここにけしからんとは思わない。むしろパジャマで胃もたれの微睡みの感じで説明受けちゃって僕の方が場違いよなと。まぁ、大事なことはちゃんと聞いて満月さんに伝達したと思う。
そうして、夕方に満月さんを職場まで迎えにいくミッション。
それば時間が空いている(暇とはミッションやらタスク同士の合間に在る)もんで、山に行くことにした。
近所の車で1時間圏内の場所をリサーチし、なるべく人が居なさそうなところを選ぶ。
出発。いつも運転している社用車が国産車なので、レンタカーでやってきた国産車もマニュアルとか説明が無くてもなんとなく乗れる(このなんとなくを適切に言語化できるのが有能な指導者)。
とはいえ、ナビ通りに進んだら、この前自転車を押して登ったような、山道をずんずん登って行くことになった。車体感覚全然分からないし、未知の道だからこれすれ違うとき何処で寄るんだとか、後ろからファミリーボックスカーが登って来る気配があるから、とろとろは進めないしと、びくびく進む。幸いなことに降りて来る車とは出逢わなかった。
駐車場に到着。
思いの外寂れていてワクワクする。
たぶんかつては栄えていた民宿とか、きっと人がちゃんと住んでいた民家とか全部廃墟になっている。警察署から建造物を破壊すると器物破損になりますよ、みたいな張り紙があって、深夜に来たらヤバイんだろうなと。壁の落書きに「○○(自己規制)吸わせろ」とか。
看板では山頂まで20分って書いてあったから、すぐ行けるだろうなと思った。
実際移動時間はそこまでかかって無いのだが、如何せん道が悪すぎる。ここはきっと初心者向けの場所じゃないと、登りながら実感。満月さんは連れて来られない。
満月さんと言語化ガールと3人で晩御飯という可能性もあったから、僕の服装は、茶スターコート、中にはセーター、白の綿パン、この前アウトレットモールで買った皮のカジュアルシューズ。それでちゃんと登頂はした。最後らへん登り坂には紐の補助が付いているし、なんなら、途の誘導も無くて、分かっている人はちゃんと辿れるでしょうという不親切さだし、岩の間に階段が付いていて、これ踏み外したらやべぇなとか。
山頂。何歳か分からないけど、お兄さん2人が眺めと達成感を楽しんでいた。
よく話す方が、僕に話かけて来る。「凄い服装ですね」、「前情報無かったもんで、普通に登って来ました」と返す。「景色さいこーですね」、「さいこーですよね」と返したが、お兄さん2人の服装が割と本格的(ジャージっぽいストレッチ素材の上下と、きちんと動き易そうな靴)で、場違い感が居たたまれなくて、景色もほどほどに下山した。人の仲良くなるために山に登って無い。
1人になれるのは道中(過程)しかないらしい。
と考えながら、リズミカルに下山。次の日に着て行く服でもあったから、足裏にしか汚れを付けていない。
その後登ってくる人と1人すれ違ったが、トレーニングぽかったので「こんにちは」は省略した。ついでに車で下山中にも1つすれ違った。僕が降りる側だから譲った。たぶん車体には傷付いてないはず。
その後、満月さんを時間通りに迎えに行って、焼肉食べたまでは良かっただが、文章脳が起きなくて、遅めの就寝。
次の日。
朝から絶賛筋肉痛。
今度は電車移動。
電車移動も好き。体がいつもいない場所から動くと、それに合わせて思考も動くから。
人間のDNAに組み込まれている移動の価値は、もっといい場所があるからみたいなことだろうけども、それを流用しつつ、アレンジしている。最上の場所は自分に設定すべき。
別に遊びに行った訳では無くて、残務。
これ、前日の山登りと同じで、リスクが高すぎる。会社携帯も本社から制御かかっていて、お客様と連絡取れないし、どうしようも無ければ私用携帯でやりとりするしかない。
僕が、仮に上司だったら、こんな危なっかしい仕事を部下にさせてない。
売上作ってくれる部下が自発的にしようと思ったことであっても、休日に仕事しなくて良い、繁忙期でも土日に往復4時間かけて行って来いと言う。
もちろん、何事も無く済んだ。
お客様、時間通りに来てくれたし。ぬるぬる日常会話で終わった。
完全に給料外だけど。
ここで考えていたのは、お客様への不信ではなくて、てんちょーへの危惧。
もし、このお客様から時間変更の連絡がきたとして、てんちょーだけはその連絡を見られる。
で、その連絡を僕に共有するのかというと、この前のLINE禁止のお達しの方を優先してしない可能性があるなって。
ここ、関係が構築されていたら、ルールを度外視して連絡してくれるだろうなと思えるのだが、僕とてんちょー、3年目になるから全く人間関係が構築されていないから、全然信用をおけない。
やってくれたとしても「たまたま気分が良かったからだろうな」と解釈する。
相手の行動を世界の基準とできないから、いちいち振り回される。基準は言葉ベースではなくて、行動ベースであるべき。いつもイライラしているけど、大事なことはいつもやっている人の方がよほど信用でくる。
で、仕事が終わり、吉野家で昼食。
満月さんに実況したら、「私の分は?」と返ってきた。冗談なのか本心なのかは分からないけど、一言目。
ここから、またお散歩。
名城大学周辺はコンクリートジャングル。
散歩するのが面白い。絶賛筋肉痛だから移動速度は遅い。八事霊園やら、起伏が激しいやら、なんだか、きちんと都市計画してるけど、やりきれなかった街並なんだろうなって。もともとも平らで無いところをどれだけ均そうとしても無理がある。まぁ、もともとぼこぼこしている日本では無理があるのか。
という、無理でも頑張っている日本を感じられるのは、自分の身体を動かしてこそ。
そうして、満月さんの実家に寄った。
お父様、何某か言い訳していたけど、僕が来る可能性で家に居てくれたという愛。
嫁の実家で嫁のご両親と何を話すんだと世の中の旦那衆は思うかもしれないが、僕としてはこのおふた方を人間として見ているし、僕も人間として見られているので、変に気張らなくて良い。話しても良いし、話さなくても良い。
BGM的に流れていた、秘境何選みたいなNHKの番組があったのだが、景色は良くてもどんな秘境でも人は居るということに、1人で居れれる場所は自分でしかないと想う。
何を話したか。
父性とか母性の話とか、僕の今後の仕事の相談とか、諸々。
話しいて解釈したのが、お父様とお母様の世界の判断基準が違うところ。お父様の基準は「愛」であって、お母様の基準は「心配」みたいな。
もちろん、ここは僕が観測できたあくまで一部。
お母様の「心配」世界観は、割と世界が閉じている。
慈悲深さは分かる。僕ら夫婦の夫婦ことも心配しているのも分かる。
ただ、この「心配世界観」、枠があるから、その枠外にはみ出しているとき、お母様に心配させないように嘘を付かなきゃならなくなる。たぶん、ここの世界観でもっとも心配されているのは当人の世界なんだよなって。
ただ、これも1つの愛。
満月さんもお仕事だから1人で退屈でしょう、だから僕の母親に会いに行きなさいなと言われた。
ここ、いちいち反論しないけど、1人の時間=退屈とか、時間潰し(懺悔)の為に母親に会いに行くとかは、僕の世界観の前提とはズレている。
ちょっと、「心配」の世界観で想ったのが、心配ってあくまで自分の為にある。
自分のものさしの中で、他人とか自分に気を配っているのは、結局自分の心の健康を保つため、と読み取れちゃう。
基準がずれているからと言って、好きじゃないとはならない。
お母様は、もっと子離れ親離れし方が良いとは思うけど、言っていることは面白い。
僕の職業相談に対して、会社には競争の原理があるからある程度仕方ないって。
これも分かるけど、もう、この時代競争して誰に勝つことによって自分の場所を保つなんてナンセンス。だって、だいたいAIの方が強くなっているし。
僕、ナチュラルに心を配ることはできるけど、その先は当人次第と思っているから、
お父様からお母様への愛を感じた一節。
お父様は、夕食の後、僕を家まで車で送ってくれるつもりだった。
言われたもんで、途中までで良いですと返す。ここも愛だなぁと思いつつ。
で、帰り道、最寄の駅に送ってくれる前にお母様を家に帰したところが愛。
お父様の移動距離は増えちゃうのだけど、それでもお母様が先というところがとてもほっこり。
この愛の軸、たぶんだいたい気付いてもやらない。
自分にとって都合が良ければどんどん自分はしなくて良くなるから。
ちょっと、ここでいひと段落して、今日の日記は二部制にしようかな。
お風呂浸かってきたら、また続きが書けるかも。
酔いどれ二部制、一部、完。
では、また。