23:02から。
脳内キャパの削られはごりごり、そんな僕はぽけぽけ。
朝から受動的にスマホを眺めるのを辞めて2日目。
単にぼーっと朝の始まりを感じながら煙草を吸っても良いのだが、kindle読み放題のラインナップが増えているようなので、新たな本を読み始める。
読書はどうあっても受動的にはできない。何故なら、読む側も動くから。
別に受動的な所作が悪いとも思わない。詰め詰めもよくないし。
ただ、受動的な情報摂取は、脳内キャパを削る行為。
もちろん、もっと嫌なことに脳内キャパが削られている常態であれば、逃避というか快楽みたいな意味合いで良いし、もっとメタ的だと、ちゃんと自分が削られていると認知できていれば問題ない。
「仕事ができるということとは」みたいな話。
センスとスキルの二軸で考えるのは面白い。
スキルは可視化できるから、ここに頼りがちだけど、仕事の本質はセンスの方にあるみたいな。この話、本日の前置きだからあんまり細かく書かないけれど、AIと人間の対比とちょっと近い。
スキルは「役に立つ」と親和的で、センスは「意味がある」と仲良し。
スキル軸で言えば、もうAIに人間は勝てないような感じだが、センス軸は人間の抽象化とか余所見からの統合みたいな言語化(データ化)できない能力だから、ディープラーニングではたどり着けないような。
僕の文章を学習したAIが、何かに対する評価についてはデータ集計でそれっぽいことを書けそうだが、次に僕が何を書くかは予測できない、みたいな。
あと、スキルには事前性があるけれど、センスは事後性があるという話が面白かった。
事前性というのは、行動する前に予測ができるということ。例えば、資格試験ではこれだけの勉強時間(努力量)が必要ですとか。
事後性というのは、終わってみないとそれがどうだったか分からないという意味。成果を事前に予測できないから、センスの磨き方というマニュアルは作りにくいという。
巷に流れているモテ論を実践しようとしても、人間が違うからやればやるほどモテなくなるという話が本編にあった。
朝はそこそこにして、お仕事。
静けさという重みから始まる。
雑談も無いし、全員仕事しに来ていない。自分の仕事だけで良い個人主義の空気感だから、この冬の気温よりも職場の空気が増えている。
僕が上層部なら、気の利いた冗談とかは言えないけども、スタッフの本日のコンディションを把握する意味でも、なんとなくそれぞれに声をかける。
職場の仕事を配分しようとしたとき、それぞれ機械じゃないんだから、体調とか心調とかを把握しないと、当日この人がどれだけ稼働できるかなんて分からなくないか。
ここをどこまで掬うのか、削るのかがセンスの領域。
慶弔休暇はスキルの領域というか会社が休みを決めているけど、例えばお月様の日はグレー(それぞれ軽重があるから)、もっと細々言えば、内部的な事情(ペットとか親しい人とか大事な人が亡くなった日には気分が落ち込むとか)でモチベーションが上がらないことだってありうる。
そもそもここまで細かく事情を加味してあげてスタッフが会社に役に立ってくれるのかというコストは考えるべきところ。
これを上長の裁量にしたら、上長の負荷がやたらとかかって上長になりたくない人が増える。
結局ちゃんと休みを作れば良いじゃないと会社の通達がなんとかしようとすることになるのだが、ここ、現場にはそれほど影響しない。昼休憩1時間なんて、僕の仕事量では無理なんだよな、手を抜けばともかく。
そういう声かけも特になく、新年2日目の仕事。
経年女子は犬型新人に声がけしてたのだが、この声がけ、役に立たないし、意味もなさそう。
だって、犬型新人の調子が悪くてもその分請け負うつもりが経年女子には無い(役に立たない)し、声掛けされて犬型新人のモチベーションが上がる訳でもない(意味が無い)。し。
ビジネス上の意味は冒頭の本で言うと、この人じゃないといけないという定義。
ビジネスの場で意味を作れる人は、歯車的に他の人と代替できない価値があるとのこと。
ここまで書いて僕が職場で上層部を含め、人のことを気にしているのは、人間的意味ではないのかもしれない。この人達、今日どれくらい「使える」のだろうかみたいな。
この発想、我ながらやべーサイコパス。
でも、職場って、突き詰めればそもそもそういう世界よね。だいたいの人はしんどいことをいして給料を得るという世界観でやってきているんだから、コンディションとか気分とかは当人の仕事をするかしないかとは無関係なはず。
このサイコパス視点で見ると、てんちょーも経年女子もぽんこつ過ぎる。
僕は仕事において楽はしないポリシーがある。
抜けていることはあったとしても、楽はしていない。だから、落ち度があってもお客様がある程度のみ込んでくれているのだと思われる。
一生懸命したら評価されるみたいな他責では無いのだが、これをなるべくやるから、お客様をたらせる。
実例。
本日、全員デスクワークをしている。カタカタ。
そこに予約無しのお客様が2組やってきた。正直、僕は他のお仕事もあったから、誰かやってくれたら良いなと思ったのだが、誰もやらない。アポ無しのお客様が熱いというてんちょーすらやらない。
まぁ、僕の人生の諦めは、「甘えん坊が集まって来る人生」だもんで、特に気にしない。
2人目のお客様が、ちょっと条件が難しくて、他の店舗に行ったけど門前払いされて絶望だったんですけど、この店舗にやってきたらスタッフさんが一生懸命探してくれたので、嬉しかったですと言ってくれた。ここの感謝に苦労の対価がある。エネルギー補充。
スキル的に、このお仕事をしていると、こういう条件の人は交渉とか事務作業が大変なのは分かるから、門前払いした業者さんの気持ちも分かる。面倒くさいから、できませんよってシャットアウトする。
僕としては、この業界全体にお前ら楽するなよと思う。
手っ取り早く売上になるような背景を持ってきた人だけがつがつ相手をするような業界なんだなと。
やべぇ、日本酒で酔いどれになってきた。
これ、お母様からの贈り物なのだが、満月さんは飲みたい飲みたい詐欺で、全然減らしてくれない。酔っぱらいになる自分を防御しているのかどうかは知らない。
日本酒にも鮮度があるから、満月さんのタイミングまで待ってくれないのは分かっているだろうか、
酔っぱらいは本性が出てくるというのが由緒正しき共通見解だけど、僕は酔っぱらいと、日常にそんなに境界線が無いようできるのでは、と思っている。
ちょっと、仕事に戻って。
経年女子にとって、仕事場ってゴミ箱なんだなと想う。
仕事の投げ方がこの感じなもんで。
ほんと僕は毎日忙しいのだが、事務作業だけで暇している人が、僕の仕事に割り込んでくる。
この世界観では僕はあんまりお仕事できていないのだが、僕の本質からすると、この経年女子に仕事を作ってあげているという意味があるかもしれない。
経年女子、スキル的には仕事できるかもしらないが、あくまで経験則の領域だから、そこから離れた僕の勝手な領域をあんまり感知できない。
経年女子はぶちぶち事務的にできて無いって指摘してくるのだが、このぶちぶつ、成果的には全く気にしなくて良いという認識。この人の指示に倣ったところで、何の成果も無い。この人の話はもういや。
そう、何の実感も無い職場に居る意味が無いという結論。
上層部のプライベートの空間と関わりたくもないけど、社会的な空間でも自分を持って来ていて、やんわり気持ち悪い
僕が退職したところで、すぐ忘れるだろうなって。
いや、個人的には、どうでも良い人には忘れられて良いし、近い人にもなんなら忘れられて良いくらいに自分を捉えている。
だれに忘れられても、自分のことは忘れられない。
ここまで。
おやすみなさい。A