22:07から。
休みなのに休まらない。
案件が全然進まない。
そのお客様の言い分を腑分けして、一般的には信じがたい物語だけど、この人、嘘は言っては言っていない感じがした。僕の休日出勤分はきちんとやって欲しいというよりは、この人、ここ逃したら移動できないのじゃないかって思っちゃう。
おそらく、優先順位が社会からズレているだけ。
このズレは、宗教関係なのもあるかもしれないが、内心は、仕事が落ちてしまう不安より、この人、すんげぇハードルの人生劇場を選んで来ているなという、一種の同情がある。
個人的に、宗教関係の人は言葉を大事にしないと存在意義が無いというか、社会性では無く内部の問題だし、お祈りの言葉と、自分の言葉が二枚舌で良いというのは、宗教の経営者の話であって、信者ではそうはならないと思っている。
どの宗教を信仰しているかも現代の多様性だと個性でしかない。
僕の人生劇場も一生ハードなので、この人の業みたいなところなんと無く通じてしまう。
かといって、切り離してしまえるようになってきた。
何か色々言っているけど、結局どうなんだ、僕の時間、そこまで貴方の話を聞けるまで無限ではありません、と。
一応、経年女子も嚙んでいるから事情を報告したのだが、お客様がせくせくやっていることに対して、「たられば」の話だよねと一蹴。
ビジネスとしては正解だと思うけど、仕事ってそれで良いのかという話。
僕はそうじゃないと思っているから、今の職場で仕事観がズレる。
自店舗の売上に直結しなくても良いじゃないと思っているもんで。それが回り回って返ってくることもあるし、直接性を気にしていない。
上層部、特にてんちょー、僕が無駄に仕事しているみたいなことを言ってくるのだが、個人的には、貴方こそ無断な仕事ばかりしていると返したい。
紹介したら、紹介されるじゃんって。
まぁ、この話はどうでも良くて。
僕がこの会社上、ヤバイ価値観を持っているだけの話。
そうして、転職活動。
履歴書はデータであったから、この会社の履歴を加えるだけで大丈夫。
我ながら、なかなか変な履歴。
職務経歴書をどう書くかを考えないといけない。
営業職で、色んな人の劇場に接してきて、他者に固定観念を持たなくなってきたことを、ビジネス言語でどう語れば良いか。
僕は基本的にコミュ障という認識だが、物怖じみたいな感覚が無くなってきてしまった。
どんな場でも自分で居られるみたいなことではない。空気読んじゃうから。
空気を読まなくても良い場だったら、割とナチュラルな自分で居られる。
自分の課題を解消していない人の動画が流れてきた。
曰く、自分がしたいことができないのは、内部の歴史で解消されてないストッパー的な精神性があるとのこと。部屋を片付けられないのは、片付けてしまうと、自分の課題に向き合わないといけなくなって、よりしんどくなるからだとか。
分かる。僕も昔はそうだった。
憤怒氏がせっせと僕の代わりに怒ってくれるとか。
守ってくれる人格ときちんと若いした人としかほんとの話はできないかもしれない。
僕は自分の人生に不安というものがほとんど無い。
不安って変化を拒むホメオスタシスから来ている。色々気にしたところで、人知を超えた現実の変化が起こりうる訳で、不安をしようと思ったら、それこそ無限になる。
社会って人の不安を餌にして稼働する感じもあるから、無理もないような。
ここまで。
おやすみなさい。