分かれ目

21:58から。

変人の質について考えた1日。

関わって良い変人と関わってはいけない変人の分水嶺。

さておき、

どうでも良い話(実は内部に最も関わりがある大事な話)から。

出勤日の朝に寄るコンビニと、夜にスーパーで兼業している主婦っぽい人と仲良くなっている。僕の私生活情報を聞いて来るもんで、普通はちょっと警戒心を抱くかもしれない。

「自分で料理するんですか」、「へい、今日はすき焼きを作ります」、「凄いですね」、「でも、昨今自分で作ったところで食材が高いから、そんなに安く済まないですよね」、「そうですね、今なんでも高いですからね」みたいな会話をした。

人って、身バレというか、私生活を開示するのは仲良い人だけという意識があるように見受けられる。

僕としては、別に僕がバレてもどうでも良いし、ここに来て、最寄りのコンビニの店長に続いて、2人目のお友達かなと思っている。

いや、厳密言えば、3人目。

2人目は、フラワー幼女か。

満月さんと、言語化ガールが日曜遊ぶらしいのだが、その際、僕が仕事で遊べないと知ったフラワー幼女は、「おじさん」が居ないなら、と、首を横に振ったらしい。

もう友達じゃん。笑

まぁ、僕は「おじさん」だが、一緒に体を動かせる「おじさん」だもんで、遊んでいて楽しいんだと思われる。山に登るより幼女と遊び回る方が遥かに楽。笑

あと、真面目な話もきっとできる。大人と子供の上下関係を気にしないから、ちゃんと言い分そのものを聞ける。子供こそ大人を気にしてあんまり本音語らないものだと思っているし。僕に対しては空気を読まなくて良い感じがしていると思われる。

ふと、友達の定義ってなんだろう。

友達って完全な他人と、身内の広大な隙間にあるグレーゾーン。

定期的にやり取りしたり、会ったりするのが一般的な定義か。

弟主人公は、長らく過ごした幼馴染みたいな人を友達と定義しないらしい。

この人の中で、友達であることと無いこと何が変わるかは知らないけども、なんとなく気持ちは分からなくもない。友達とはこういう関係だとう理想があるんだと思う。

ただ、プチ家出した時に助けてもらっていて知り合い扱いは、基準がよく分からない。

僕の基準としては、「友達」って環境が変わったら接することが減る、ないし無くなってしまうという「寂しさ」が前提にあって、その中でも「縁を大事にできる」関係だと思っている、

昔ながらの人だと、こういう、変な言葉を遣うと「敬意」みたいなのが欠けてしまうもんで、それだけで繋がっていれば良いみたいな感覚で、僕を友達認定している人は断捨離した。

昔の友達にまた逢ってみたいと思うのは、2人くらい。1人は割と近くに住んでいるはずだから、探せば遭えるかも。まぁ、そんな人ほど、そんなに頻繁に繋がろうとしない。僕もそうだから、また縁があればという感じ。

やれやれ。

お仕事。

乱暴な言葉を遣う。

お客様にブチギレそうになった。

あんまり細かくは書けないのだが、こっちに連絡するという約束事をしなかったからこっちから連絡しているのに、それによって自分が縛られていると感じてしんどい、みたいな弱音を吐いてきた。

どの口がそれを言っているのと思うが、当人の世界観の中では、それが正。

自分ができることはやっているのだから、そんなに責めないでよって。

自由になりたいから自営業をしているとかも言っていたが、完全に「自由」をはき違えている。自由って自分の気分によって動けるみたいなところではなく、社会から外れていたとしても、社会とはある程度合わさないといけない。

学校だと忘れ物をしたとしても叱られるだけだが、社会だと信用を失う。

自営業は、その信用を失うかどうかということも自由だけど、完全にロビンソン・クルーソーでは居られないから、今回の案件も僕に頼らざるをえないことになっている訳で。

僕の中での変人の定義は、「中身が社会不適合者」。

社会の価値観を当たり前とできない人は、その程度によって色んな名付けをされる。適応障害だとか、発達障害とか。

別に名付けはどうでもよい。

問題は、そこじゃない。

変人ホイホイの僕としては、健常な社会人として生きているてんちょーと経年女子の方がよほど関わりたく無い「やばい人」という認定だから、どういう症例として認定されていても当人を聞く。

関わって良い変人は、社会から外れていることを自覚しながら、社会との関係も大事にできる余裕がある人。関わってはいけない変人は、自分の世界でいっぱいいっぱいで、何かイレギュラーが起こると世界のせいにする人。相手のせいじゃないんだわ。

で、もうちょっと穿った話だが、このお客様が一瞬逆上した時、てんちょーの指示をそのままやったから、自分が責められていると感じたんだろうなって。

てんちょー基本的にお客様を信用していないから、相手の事情を鑑みる余裕が無い。

このままの指示でやったから、僕がお客様のことを信じていないように伝わったから、反発が起こったのだろうなって。

僕とてんちょーは生きている世界というか認識している世界が違うから、余裕の容量に差がある。

てんちょーはお客様に「確証」を求めるんだが、僕としては、確証があったから何なのという気分。そんなの、確率が高くなるだけであって、お客様を自分と同じ人として認識してないからできる所業よなって。

この認識は別に良いんだけど、僕の変人お客様にそれをやると、変なことになる。

で、このお客様が責められていると感じた気分も分かるんだよな。

てんちょーは人を信じていないから、罪悪感によって相手をコントロールしようという傾向がある。

僕も最近満月さんにこの傾向をやってた気がするが、罪悪感によって人を動かそうとするのは、相手が自分の世界にとり都合が良くなればいいということであって、人間関係では無い。

満月さんの言い分、ほんとうはもっと精査した方が良い気がするが、僕は余裕があるので、聞き流している。また怒られそう。笑

てんちょーは、自分がそういう世界観だから、部下にもそうやって指示するし、その傾向にあるお客様もまだ多いから、それが正だと思っているのかもしれない。

もう、時代的にそうじゃなくなっていくと思っている。

人類、原罪みたいな罪悪感から良い加減卒業すべき。

あぁ、大事にすべき変人の定義は、「僕との縁を大事にしてくれる人」。

別に僕の話をやたらと聞いてくれるとかでもない。自分都合で僕を捉えない変人というか、僕の時間をきちんと確保してくれる人というか。

この日記で書かれている変人のお客様は、僕の連休を潰していますから。

僕は変人に甘えられる人格なのだろうか。

ここまで。

おやすみなさい。

良い夢を。

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