22:33から。
ここ何日か、なんだかよくわからない不安が凄い。
体の調子は悪く無いから問題ないのだが、この不安は人を退場させうると感じる。
なんだかここに居ることが申し訳なないなという感じ。
居たたまれなくて、退場した方が良いかなという方向になる。
ありとあらゆる「悪いこと」はだいたい経験済みだからこれに対する不安はいつものことで、取るに足らない。
「不安」の本質は、自己の変化を拒むところだと思われる。
人は恒温動物だから、恒常性があって、通常からの変化は基本的に嫌。旅行が趣味な人も、旅行を恒常的(定期的)にやっているから、別に変化ではない。
何かミスをしたら、今の自分が揺らぐから不安。
ただ、この文脈における不安はもうどうでも良くなりつつある。
ということは、この不安って、内寄りでは無くて、外寄りの話ではないだろうか。
上層部とバチバチというか、自分を守るために冷静にぶっ〇す、みたいなことがありうる不安かも。
強迫観念の話でもないから、この不安が何を示唆しているかが良く分からない。
僕の素朴に着いて来られない人は置いていくかという説も無くも無い。
何か優れているという意味では無く、誰かに温めてもらえないと自分を保てないという人格ではないという意味。
この世界だと、どうしても頭が痛くなる。
このお仕事場ではもっとてきとーに仕事した方が良いのだなと思ってきている。
この意味は、僕が仕事に持って行っているエネルギーが霧散しているということ。
上層部と同じように自分を守るだけの仕事をした方が省エネ。
ここまでがどうでも良い前置き。
僕、公私共々秘密主義になっている気がする。
本音を語りたくない訳では無いのだが、本音を語るには相手の人格に自己の本質を突かれても何とも思わない耐性が居る。
僕は人格攻撃されてもどうでも良い。だって、その人格、相手が観測している範囲でしかないから。この水準で人格攻撃されても同じようにどこ吹く風に聞ける人だったら面白い会話ができそう。
ここもどうでも良くて。
最近恋している人が居る。
満月さんから紹介された小説の解説を書いていた人。
何が好きなのかは具体的に言語化できないのだが、文体の雰囲気が好きになった。
ちなみに性別は同性だが、「恋」はまぐわいで完結されなくて良い概念だから。
個人的に、食べ物に近いと思っている。
「恋」は食べたい、「愛」は食べさせたい。みたいな。
恋愛感情における性欲の発露は、相互関係みたいにオブラートに包まれているけど、本質的には捕食関係だと思う。いや、別に食べ合う関係も乙だけど。
ちなみに、僕は自分の胃袋は自分で掴んでいるもんで、食べ物では釣られない。
満腹は危険信号。蛇足。
西崎憲さんというのだが、この人の本、どの本屋でもまぁ見つからない。
焦がれたものは手に入らない人生劇場だが、無理矢理越境した模様。
イオンモールの書店で検索して、やっとこさ1冊見つけた。
しかも、本人全部ではなくて、アンソロジーの中で1篇持ってきただけ。
感動は記憶するものでは無くて通り過ぎるものなので、具体的に言語化できない。
なんだかすんげぇ飛躍している(間の言葉が足りていない)なという読み味だった記憶。
でも、飛躍しているのが人間だもんな。
焦がれた意味はあった。
文明の利器を使って取り寄せても良い。
あと、どうでも良いところだけど、内部で諸々刷新しようかなというところがある。
法律畑の本にまた向かっているし、まだ変化に対して元気。
変化に対して元気でない人と話が通じないことに対して気にしなくても良いとなることは、ある意味ヘイトを集めてしまう。
公的世界でも、だから何なの?
ってなったら、どうなるんだろうな。
ここまで。
おやすみなさい。
良い夢を。