愚痴ではない愚痴

23:07から。

すんげぇアウトローのお客様を引き寄せる。

僕以外では、お仕事にならない領域。この店舗、いや別の店舗の誰が相手をしても、門前払いされそうな人ではある。

ただ、アウトローでも今日の人は大丈夫そうな人だった。

僕も社会的にはまともだけどもまともな皮を被っているだけだから、精神的な暗がりに居る人の気持ちは分かる。

アウトローでも、普通とされている人と同じく、人それぞれ。

これは、別に優れているという意味では無く、僕の今の座標がそうなんだろうなという感じ。

別に誰かを助けることによって自分の価値が保たれるみたいな精神は無く、単に余力に人が集まって来ているのだろうなって。

人を助けても、助けなくても僕は僕だから全然連動していない。

余力があり過ぎてだいたい助けちゃうのだが、僕のことを自己と同列の「人間」と認識できない人は、どれだけ社会的な評価が高かろうが無理。疲れるだけだから。

お祓いは不要かな。

やれやれ。

満月さんから聞いたのだが、言語化ガールが、僕の日記を「愚痴」と解釈しており、しんどい人生過ごしているなぁと読んでいるらしい。

たしかにしんどい。ただ、このしんどさを俯瞰しているから、それほど中身にはダメージが無くなっているから、ご心配は無用です。

中身にダメージがありそうなことって結局、惰性というかパブロフの犬(条件反射)。

結局自分次第だから、相手は人間では無くて、舞台装置として捉えるのが吉。

もちろん、これができるのは、自分がちゃんと人間になってから。人間になっていないといちいち人のせいにする。

この流れで仕事の話を続けると愚痴っぽくなるのは分かるので、もうちょっとどうでも良い話をしたい。

車を運転する時に指示して来る信号。

普通は当たり前とするか、急いでいるのに道行が滞るとイライラする。

僕は変人なので、押しボタン形式の信号に止められたとき、仕事時間だから急がないと、追い立てられつつ、「信号の下限時間」について、思考の中で散歩した。

信号って交通だから、最低限どれくらいかは止めないといけない秒数があるんだろうな、この秒数は、平均的な歩行時間で決めているんだろうな、しかし、歩行時間って、どうやって統計取っているだろう、みたいな。

こういう思索が勝手に起こるうちは元気だもんで。

お仕事。

僕が上層部とは雑談すらしたくないなというお話、

本質的には、この人達、精神が未来に向いてないなというところ。

これも人それぞれなので、過去に固執することが一概に悪いとは言えない。

何が違うかというと、「失敗」に対する評価。

上層部、「失敗」自体が悪いから、比重が次に失敗しないようにしたら良いという精神性が無い。

だもんで、教育じゃなくて、叱責するだけになる。

そりゃあ、誰も居着けない職場だわと。

僕は失敗なんてできるだけやったら良いと思っているし、未來にどう失敗しないようにするかが大事だと思っているから、失敗に対して、あんまり謝らない傾向がある。

だって、謝ったところで何も未来は変わらない。

だもんで、特に謝られたところで何も響かない。謝る前に、次はどうやったら失敗しないか考えましょうって。

でも、過去に固執する人は、自分が失敗しない存在でありたいことに執着している。

そんな当人どうでも良いわ、もっと次にどうするかで話そうやと思うのだが、この軸(世界観)で話せる人って、ほとんど居ない。

だいたいの人は、自分の過去が自己存在と認識しているから、これからどうするの? という話ができない。

なんだっけ。

上層部が老害なのはこういう意味。

過去に執着している人とは、未來とか今の話ができない。

する気も無い。

ここまで。

おやすみなさい。

良い夢を。

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