時間不足

0:18から。

僕が割を食うことに嬉しそうにする人は、もう僕の人生から居なくなる人。

休日出勤。

なんだか、もうそろそろこことはおさらばな気がする。

なんだろうな、精神的に離れている感じがした。

僕が休日出勤しているのは、別に自分のお仕事上の立ち位置を守る為でもない。

てんちょーの休日出勤とは違う。この人はお客様の為ではなく自分の為に無駄に出勤している。

休日に出勤しないと自分を守れないではなく、お客様とか店の調和の為の出勤。

犬型新人から、経年女子と普通のお仕事(報連相)するのがしんどいという相談をいただいた。たしかに、気分で動く人だから、変に不機嫌なときがある。我が家のかつての母親と似ている。自分の機嫌を上げてくれない人は敵認定。

そう、ある程度人生を積んだまともな人なら、自分の不機嫌がもたらす効果も含めて世界を認識できるはず、と思っている。これが認識できない、自分しかいない世界の人は、他人が環境のままになっている。

自分にとってでしか観測できない人。

この視界から見ると、この職場の上層部は、まだ人になれていないような感じ。

知らんけど。

もう時間が無いので詳細は省略。

僕はと言えば、てんちょーから、「硯さんは疲れない」と言われる。

たしかに、仕事とかプライベートでも、疲労困憊で何もできないということは無くなった。

本日も休日出勤で7時間くらい仕事した後、鶏もも肉のトマト煮と、びんちょう鮪とベビーリーフのサラダをこさえた。他の人ではあんまりできないと思うが、知ったことではない。

通常の脳トレは日常で、それとは別に、なんとなく英語学習も始めた。

頭を受動的にしているのがなんとなくキモチワルイから。

まだスピリチュアル界隈で留まっている世界観かもしれないが、世界は主観的なモノであるという価値観は、とても心地良い。

精神論で言えば、ちょっと非現実だけど、もっと現実的な解像度で捉えればしっくり来るんではなかろうか。

世界の解像度の原初は「視力」。僕の視力が衰えないのは、世界の解像度を下げたくないからだろうなという説。経年女子も視力2.0らしいけど、なんにも見えてないような気がする。

あとは、価値観。これによって、世界の解像度が変わる。

本日はここまで。

良い夢を。

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