22:58から。
本日は休みだが、昼過ぎまでお仕事にかかっていた。
大店長、言葉が相手に「安心」を与えるタイプだから話し易い。
僕はよいしょされてもあんまり何も思わないのだが、「僕を利用しないよいしょ」は、ちゃんと観測されている感じで、ちょっと嬉しい。
僕も、人の振る舞いは結構細部まで観測している。
ただ、意図的な視界じゃないから、情報量多すぎて出て来るまでに時間差がある。
大店長と話していて、「しっかりしている」と言われた。
僕は「しっかりしていない」と評されることが多いし、そういう風に振る舞っているのが常態だから、「この人、僕のこと良く見ているな」となる。僕の「しっかり」はあんまりバレないようにしている。
あんまりしっかりし過ぎると、僕の世界でサボっている人、どうなのという疑義が起ってくるから、ここはバランス。
僕は基本余力がある人だということを上の方の人は察しているみたいで、社長からは「てんちょーに寄り添ってあげて」、大店長からは「犬型新人を守ってあげて」と言われる。
どちらもできるんだが、やったところで僕が過負荷になるだけで、その分の「手当」無いよなって。この人間のバランスを取る感じ、給料にはならないから、最低限しかできない。
もちろん、僕が店長だったらバランスを取るのも「仕事」だからやる。
バランスを取ることの成果が店舗運営の給料として返ってくるから。
僕の立場では、経年女子も制御できないし、てんちょーのキャバをどうかすることもできない。僕がお人好しだからある程度やっているのだが、この薄給ではやってられない。
大店長はこの辺り、気付いていると思った。
社長もそうなのかも。
なんというか、お仕事だから仕方ないけど、人間ではなく無くて、お仕事の「駒」として使える人材だなって。僕はそこまで自己肯定観低くないから、そんな「宗教」には入れない。
僕、自分しか信仰してないし。笑
あくまで、お客様に比重を置いてお仕事しているだけ。
職場上の立ち位置もちょっとは気にしているけど、位置が変わったら扱いを変える人なんて、あんまり人間じゃないから気にしない。
すんげぇ浅瀬でばしゃばしゃと言葉を扱っているお仕事場。
社長が介入してきて、ミーティングをしろってなったのだけど、上層部のミーティングの仕方が終わっているもんで、こちらから話すことはできないという。
まぁ、僕の素朴と普通に会話できる人が居るとすれば、そうとう変人だと思う。
僕は自分の書き側の世界を読み側に全振りしているから、だいたいの人と話しはできる。
「聞く気」って、当人と離れた世界のことをどれだけ聞けるキャパがあるかだから。
自分に近かったら、そりゃあ自然に聞けるに違いない。
僕は、自分と近くない人のことばかり話されている。
やれやれ。
これって、読書の効用だと勝手に思っている。
あんまり一般的な話では無いのだが、物語を読むことによって、自分の世界観だけじゃないということがインストールされる。
僕はそうなんだけど、本をいっぱい読んでいる人でも、自己視点で食べているだけだから、きっと、趣味が読書の人とは合わないんだよな。
読み方が違うもんで。
本の効用は、エンタメじゃなくて、自分を問われること。
問われないように読んでいる人は、同じ次元で読書アカの話しができない。
本日、しんどい系の漫画をジャンププラスで読んだ。
絵柄が、「ベルセルク」とか、「地獄楽」とかに似ている。
読者から愛着されるキャラを容赦無く退場させるところに、作者の矜持を感じた。
読んでいると、ある意味胸糞なんだが、感情移入をして泣いたところで、あんまり意味が無い。
僕が表現物で泣くのは、僕の人生とは無関係だから。
でも、泣けるっていうことは繋がっているってことで。
もう寝る。ここまで。