人が動く原因

23:43から。

もうこんな時間。

本日は、朝、昼と昨日の残り物を食べ、洗濯物と、洗い物をして一仕事終えたから、kindle読み放題で本を読んだ。

2連休の意外な効用。仕事が詰め詰めになるのは確かにデメリットなのだけど、1人での休みが2日目になると、なんというか、素朴な自分基準に近い動きができるようになる。

この部屋の荒れ果ても、来週の連休が1人だったら片付け衝動が入る気がする。

別に、僕、誰かと一緒にやったから何かのスイッチが入る訳でもないし。

たしか、満月さんは来週の水曜日が休みということだから、1人かお友達と遊びに行ってもらって、リビングを片付けて、人が遊びに来られるくらいのレベルにしようかなと思った。

資源ごみもきちんとまとめてしまっていったん別の部屋に非難しつつ、ゴミの日にちまちま捨てて行けばいい。書庫というか、物置になっているもう1部屋も、リビングがまともになったら、手を入れていけるような気がする。


言語化ガールとフラワー幼女とか、もう1人近々あだ名が付きそうな人とか、うちに来てもらった方が、勝手知ったるキッチンで料理を振る舞えるし。笑

という衝動(行動)が巻き起こるのが、素朴な僕。

日々諸々カオスだけど、どんなカオスもそのうち慣れるもの。余裕ができてきたんだな。

さておき。

Kindle読み放題で読んだ本。

民法とか読んでいたのだけど、そろそろ何か新しい学問も読んでみようという衝動。

グーグルで「学問 おすすめ」と調べると、まずはAIの回答がある。

現代は、「情報学」、「経済学」、「心理学」らしい。

経済学と心理学はある程度読んだことがあるので、情報学に入門することにした。

めちゃくちゃ面白い。

シャノンさんという学者者さんが発案者とのこと。

「情報」とは、「不確実性を減らすこと」みたいな定義。

天気予報を知らない人は、明日の天気の可能性としては、晴れ、曇り、雨みたいな可能性が混在しているけど、天気予報で明日は降水確率90%だったら、明日はだいたい雨だということが確実になる。

ここでの天気予報が「情報」。

「情報」を量として把握できるように数式化したという「学問」、滅茶苦茶面白くないですか? 客観を対象とする学問は、物理学が筆頭だと思うけど、物質と、エネルギーと、そこに情報を加えるという。

入門書しか読んでいないから、本質は定かでは無いけれど、この流れで捉えると、客観できな「物質」があって、そこに「エネルギー」が作用して、「現象」に至るという「俯瞰」を捉えるのが情報なんだろうなって。

学問に笑うってあんまりないんだけど、情報エントロピーの表現で僕は微笑んだ。

情報エントロピーが「高い」とは、可能性が低いことが起る情報であって、「どれだけ面白いか」みたいな感じ。これ、お笑いにも通じるのでは。

笑いが起こるって、真面目そうな人がちょけるとか、情報の不確実性が高いこと。

そのうちお笑いも数値化されてAIが担うかもしれない。

だだ、情報を得るだけが読書ではない。

そこから何を考えるかまでがセット。

この入門書のはしがきに書かれていた、「学問とは眼鏡」であるという記述。
たしかに、学問って、1つの現象をどう捉えるかの見え方の違いになる。

経済学的に見るのか、心理学的に見るのか、法学的に見るのかでも、随分と変わってくる。

具体例を出してもアレだけど、要は、「自分の主観が全てではない」という視界の為に学問があるという説。学問学んでも主観の方が大事っていう人も居るけど、そうなるとこれは「知識」でしかない。

知識のメリットは、自分は知っているという意味で自己肯定観を高める。デメリットは「自分が正しいと思っちゃう」。

どういう情報源であっても、仮設でしかないから、本来の学問の目で見れば「正しいこと」

なんてない。

最後。

情報学読んで思ったこと。

情報学自体も認識しているのだけど、人が捉える「情報」って、現象と対応することだけではない。読書習慣が無い人はあんまりないかもしれないけど、人間が捉える情報の中には「概念」というものがある。

概念は、情報量が増えるほど、不確実性が増える。

本を読むほど、自分が知らないことが増える。どうせ一生かけても全部分からない。

これは「知識」でも良いんだけど、「知識」だと当人の人格的な財産っぽいニュアンスがあるから、ちょっとずれる。

まだ書けるけど、時間切れだもんで、ここまで。

おやすみなさい。

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