22:55から。
お仕事。
本日、仕事が詰め詰め。連休明けで新規案件もあるし、既存案件も連休で進んでいないから、こっちもやらないといけない。
ついでに、大店長もプライベートのイレギュラーでお休み。
こんな中、のほほんとしながら頭を回して。犬型新人にも大店長の店舗を回すのに動いてもらって、自分のこともしないといけない。ほんと、詰め詰め。
この最中に空気を読めない感じで、てきとーに仕事を振って来たロマンスおじいちゃんに対して、怒気を発してしまったらしい。後から犬型新人に聞いたのだが、「ぴりぴりして怖かった」と。
あんまりやりたくないことなのだが、僕の怒気は機嫌とか気分とか寝不足とか空腹とかでハードルが上下している訳ではなく、単に、容量オーバーの時にそういう現象になっているだけ。
この容量は、自分の「器」。
もちろん、絶対ではなくて、相対。良い加減にしろやというところで怒っている。
まぁ怒ったところで行動が改められないから、あんまり意味は無いのだが、ロマンスおじいちゃん、仕事に対して甘えん坊だから、ちょっと怒ってしまった。
当人からすれば別に怒ったと思われていないと思うけども、ちょっと第三者に悪かったなって。
指示すればどうにかなるところではなくて、「人間」の問題だから、ほんとうは怒ってもしょうがない。指示も、統括は上層部で、この人達人間より自分の方が大事だから、スタッフの成長とか、職場が回るみたいな「価値」は二の次で、自分の仕事の効率が一番大事。
僕が怒ったのは、「できるのしない姿勢」。もともとできないんだったら諦めるから、怒るとはならない。できているときにはやっているのに、時々しないのはなんだろうと、観測して、なるほど、僕が軽んじられているのかと至り、そん感じでてきとーに仕事を投げつけられたんだから、怒って良いよなと、僕の中の「憤怒氏」が現実化した。
「憤怒氏」というのは、僕の気分のバイオリズムの中の、「自分を守ってくれる人」という立ち位置。誰かに対して怒って良い状況、みたいな意味合いで憤怒氏が出て来る人は多いけど、僕の憤怒氏は、怒って良い状況では全く出てこない、知らんぷり。
あと、クオリアの話の書きたかったのだけど、本日は終了です。
おやすみなさい。